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短編小説0042 ハリウッド映画級缶チューハイ 1046文字 2分読

人身事故で運転を見合わせていた電車が、1時間半遅れで、ようやくホームに進入してきた。

帰宅ラッシュアワーのホームにあふれんばかりの人々は、少しソワソワしだした。

でも、やっと来たはいいが満員状態だ。

「あーこりゃ座れねえなあ」

仕事帰りで疲れた体に、更に追い打ちをかけられる気分だ。

押し合い、まるで協力し合い、立ったままスクラムのように、電車の中頃まで乗車して前進し、みんなが乗れるように動く。

亮太は座席の前のつり革につかまることができた。

目の前の座席に座ったおっさんが疲れているのか、うなだれて寝ては起き、寝ては起きを繰り返しいる。

その隣の長髪、長身と思われるイケメンお兄さんが、しかめっ面の横目をする。でもそこには攻撃的なものというより、不安な、恐れのような色が亮太には見えた。

「うん?なんか違和感だな。兄ちゃんどうしたんだ?もしかして兄ちゃんの親父か?」

色々と想像するか、答えはすぐに分かった。

おっさんは、飲みかけの500ミリリットルレモンサワー缶チューハイを手に、今にも倒しそうに、こぼしそうにコックリさんしているのだ。

ああ、倒れる!

そう思った瞬間、絶妙なタイミングで目を覚まし、思い出した缶チューハイを一口飲む。

そしたらまた夢の世界に漕ぎ出す。

コックリ、コックリ。

お兄さんはまた不安な表情を浮かべる。

あー、倒れる!

また起きる。

飲む。

夢に戻る。

不安になる。

感情のピークを迎える!

また起きてピンチを乗り越える。

その繰り返し。

こぼしそうでこぼさない。

見ている亮太はハラハラドキドキ、次の展開がもう予想不可能でエキサイティングする!

お兄ちゃんの目線の行方と顔の表情。

おっさんの自分自身との戦い。

お兄さんが声をかけて手助けでもするのか?

おっさんが自分自身のちからで今この困難を乗り越えるのか?

はたまた、全く想定外の第三者が、全く場違いなスーパーモデルのような美女が登場するのか?

亮太は思わず、自分の降りるべき駅を通り過ごした!

これは、まさにハリウッド映画の王道ストーリー展開と同じではないか!

結局、第5ターン目くらいで、おっさんはズボンの股間に少しこぼした。

お兄さんは気付いていないようだ。

競馬で言えば単勝2倍の大本命馬券。

つまらん。

結局終点まで乗り、電車を降りた。

寝たままのおっさんを起こさずに。

C級映画を見終わったときのふてくされた時のように。



おしまい

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