安い、早い、上手い補聴器フィッティングにインサートイヤホン聴力測定が活躍する話【後編】#056

補聴器マガジンは、聴覚評論家の中川雅文と、わたくし補聴器評論家の大塚がボケとツッコミ満載に、補聴器フィッティングの極意を毎月2回お送りしているオンラインマガジンです。

前回の#055では
『実耳測定装置が無いんだけど、うちのお店ではどうしたらいいの?』
『今、出来ることは何かないの?』
『このままリスク抱えながらに古いやり方やるのは不安だよー』
という声に応えるべく、実耳測定なしでの補聴器フィッティングの基礎編をお送りさせていただきました。

もちろん基礎編では物足りない人がいらっしゃるのは重々承知。
今回は1歩も2歩も踏み込んだウルトラCな超絶「実践編」をお披露目していきます。

前回まではこちら

前回#055では、実耳測定による補正を行わない場合の補聴器フィッティングでは、フィッティングプログラムのファーストフィットで鼓膜に届く実際の音がどのようになるのか検証しました。

耳せんなどの設定条件を変えて、いくつかのケースを試したのですが・・・ほとんどのケースで実用に耐えるものはありませんでした。

当たり前のことですが耳の形状には個人差があります。
耳せんも、その種類と作り方はケースバイケースです。
当然、耳に耳せんを挿入した後の外耳道の残存容積が異なり、これが鼓膜面に届く音へ大きく影響します。

検証の結果、ほとんどの条件で、鼓膜面上に目標カーブどおりの音を作ることが出来ませんでした。

唯一、実用可能な結果になったのが、インサートイヤホンで測定した聴力を元に、目標カーブを算出したケースです。

しかし、この時に行った工夫は、聴力をインサートイヤホンで測定しただけではありません。

もう一つ大事なポイントがあるのです。今回は実践方法について、画像を交えてご紹介していきます。

聴力測定に使うトランスデューサーについて

少しだけ、ヘッドホンとインサートイヤホンの違いについて書いておきます。

下に示したオージオグラムは、それぞれ同じ被検者で、右はヘッドホンと左はインサートイヤホンで測定したものを示しています。

トランスデューサーを変更して測定した聴力、一部の周波数では10dBを超える違いが・・・

見ればわかるように、同じ被験者であってもヘッドホンとインサートイヤホンの結果は同じではありません。
測定条件の違いでまずはこれほどまでに結果が変わってしまうのだということを頭に入れておいてください。

ヘッドホンは、インサートイヤホンに比べて測定精度が低いため、ヘッドホンでは5dBステップ(刻み)で測定します。ヘッドホンと比べてインサートイヤホンは高い精度の測定が可能なため、2dBステップで測定することができます。

私たちが取り扱っている補聴器本体は、ずいぶん昔から1dBステップで調整可能です。

本来、補聴器に備わっている微調整の細かさからしたら、ヘッドホンによる5dBステップのオージオグラムを使ったフィッティングは、二目盛(10dB)の誤差がありうるどんぶり勘定。これでは目分量というか直感的なさじ加減で調整していることになります。

なぜ図に示したような目に見える様な違いが生じるのでしょう。

それはヘッドホンとインサートイヤホンのレシーバから鼓膜までの空間の違いによるのです。

ヘッドホンを装着した時、鼓膜までの間に作られる空間はおよそ2-6ccです。インサートイヤホンのそれはとても小さく0.9-1.2ccです。
この空気の量が結果の違いを生み出しているのです。

先に紹介したオージオグラムは、インサートイヤホンで測定したときの4000Hzの聴力レベルの値がヘッドホンに比べて大きく上昇しているように見えます。
こうした違いが生まれるのは、ヘッドホンと鼓膜面で作り出される、あるいはインサートイヤホンと鼓膜とでつくりだされる空間の容積が異なるためです。

※トランスデューサーについて、もっと詳しい説明はこちら↓

トランスデューサーの違いやレシーバーの違いは、出力される音の周波数や音圧がそもそも校正されているわけですから、機器のスペック差はこうしたオージオグラム上の数値には影響することはありません。

トランスデューサーの違いは、だからこそ正しく校正されている限り無視できます。

ヘッドホン測定とインサートイヤホン測定の違いは、外耳道容積の違いと言い切って構いません。
耳の中に挿入して使う補聴器を正確にフィッティングしたいのなら、より補聴器装用時に近いインサートイヤホンのデータを使うのが理にかなっています。

特に医療機関と異なり診察診断ではなく、補聴器の調整のためだけに聴力測定を行う認定補聴器技能者は、ヘッドホンではなくインサートイヤホンを使うべきだろうと思います。

同じ処方式でもヘッドホンかインサートイヤホンかで目標とするレスポンスが異なってくる

処方式はオージオグラムを元に、目標の実耳挿入利得(REIG:real-ear insertion gain)もしくは実耳装用特性(REAR:real-ear aided response)のターゲットを算出するものです。

たとえばIICやCIC補聴器を挿入した実耳なら残存容積は0.3-0.9ccくらい、インサートイヤホンなら0.9-1.2ccくらい、ヘッドホンだと小さく見積もっても2.0cc(大きいと6cc!)、これほど容積は異なるのです。

容積が異なれば、空気のもつインピーダンス特性から、鼓膜面に届く音圧は理論上6-8dBの違いが生じることになります。これに加えてベントの有無がありますから、鼓膜面に届く音は、さらなる影響を受けてしまいます。

もちろんインサートイヤホンで測定した場合も、ベントのないイヤモールドの条件ということにしかなりません。

インピーダンス整合は純粋に数学的・物理的な現象なので、ベント径が正しければ論理的な補正でその誤差を解決することができます。

目標カーブの比較。インサートイヤホンで測定した聴力を用いた方が、REARターゲットがわずかに低い。

ヘッドホンとインサートイヤホンの違いは、管楽器のチューバとトランペットの違いと考えるとわかりやすいかもしれません。
リップリードに唇を押しつけて音を発するわけですが、同じ奏者であっても楽器から出てくる音はまるで違います。

管腔の径と長さ、つまり容積によって生み出されるインピーダンスの違いが、まるで異なるトランスジューサーを使っているかの様に異なる振る舞いを見せてくれます。

ヘッドホンとインサートイヤホンでは、チューバとトランペットくらいは大きく異なるというわけです。

さて、今日の本題に戻ります。

前号で紹介しましたが、インサートイヤホンで測定した聴力にある工夫をしてファーストフィットすると、それだけで下図のように、目標カーブに近い調整になりました。

ファーストフィットしただけで、レスポンスが目標にほぼ一致している。

どうして実耳測定による微調整なしのファーストフィットだけで、高精度な調整が実現できたのでしょう?
インサートイヤホン聴力が重要なのは確かですが、それだけではないのです。

ポイントはイヤモールドをXXXXXにする。

最後のヒントです。
バックナンバーで、中川さんはインサートイヤホンによる聴力測定について「REARとの差異を最小限化できる」と書いていました。
この理由は、外耳道残存容積にあります。

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