安い、早い、上手い補聴器フィッティングにインサートイヤホン聴力測定が活躍する話【前編】#055
以前、『実耳測定装置が無いんだけど、うちのお店ではどうしたらいいの?』というご質問をいただいたことがあります。
たしかにこれまで、実耳測定、実耳フィッティングのことばかり書いてきた補聴器専門家の大塚ですが、実は実耳測定を行なわなくても、実耳で得られる目標利得・目標レスポンスに補聴器の音を近づける方法ないわけではないのです。
#052号のマガジンの中で、インサートイヤホンとウレタンフォームを使った聴力測定をご紹介したことは、覚えていらっしゃいますか?
そう、そのインサートイヤホン測定の聴力データを使えば、補聴器メーカーの調整ソフトに入っているあのファーストフィットを使って実耳測定に近づけることは可能なのです。
実耳フィッティング・・・100点満点
インサートイヤホン+ファーストフィット・・・80点
ヘッドホン+ファーストフィットそのまま・・・XX点
ヘッドホンによる聴力レベルと既製耳せんの組み合わせでフィッティングするとどうなるか。
まずは、パソコンにすでにインストールされている補聴器メーカーから供給されているフィッティングプログラムを立ち上げて、そこに普段行っているようにヘッドホンで測定した聴力レベルのデータを入力してみましょう。
フィッティングプログラムには、いくつかの設定項目があります。
ヘッドホンで測定した聴力レベル、インサートイヤホンで測定した聴力レベルは、その性質が異なりますから、設定項目には「どんなデバイスで聴力を測定したのか?」を選ぶ選択肢があります。
耳せんの種類によっても、鼓膜に届く音は変わってきますから、これも実際に選んだ耳せんとプログラムの設定項目を一致させておきましょう。
オプション選択画面からは、聴力測定装置としてはヘッドホン、耳せんは既成耳せんを選びます。
聴力図を元に、補聴器の目標利得、目標レスポンスを算出する計算式は、処方式と呼ばれています。これもいくつか種類があるのですが、今回はNAL-NL2を選びます。
繰り返しになりますが、フィッティングプログラム上の設定は以下のように入力してみてください。そしてそれをベースにファーストフィットをクリック。
ファーストフィットと実耳測定の各種条件
・聴力はヘッドホンで測定
・補聴器の形状はBTE
・耳せんはイヤチップ
・処方式はNAL-NL2
・ヘッドホン測定の聴力図は下の通り。
ここまでは補聴器の取り扱い店であれば、どこでもやったことがある一般的な作業になると思います。このファーストフィットの状態で実耳測定を行うと鼓膜面上の音はどうなっているでしょうか?
実耳測定で評価してみましょう。
なお実耳測定に限らず、何かしらの方法で補聴器の調整状態をピュアに評価したいとき、雑音抑制などの機能が働くと、測定結果が不安定になってしまいます。そのため調整状態を評価する時には、一時的にアダプティブな機能をすべてオフにします。(後で元に戻します)
こうして実耳測定(REAR)を行い、目標レスポンスと比較した結果が次の通りです。
全然、まったく一致してくれません。50,65,80と数値の書き込まれた実線が、それぞれ入力音圧別の目標カーブです。
赤色の点線は50dBSPLを呈示した時の実測カーブ、紫色の点線は65dBSPL、緑色の点線は80dBSPLです。
読者の皆さんならご存知の通り、そもそも今回のような聴力に対して必要な利得を与えようとすると、イヤチップでは音が漏れてしまって、利得が不足します。軽度難聴をのぞけば、イヤチップをもちいて十分な利得が与えられるほど、外耳道とイヤチップが上手く合うケースはまれです。
それでは耳せんをイヤモールドに変えて、ファーストフィットするとどうなるでしょう?
ヘッドホン聴力&イヤモールドだと?
早速、耳せんを付け替えて、ファーストフィットをやり直します。
「え、耳せんを変えただけで、ファーストフィットをやり直すの?」と思った人もいるかも知れません。
実は補聴器メーカーのフィッティングプログラムにはさまざまな設定項目があり、しかもメーカーごとに少しずつ異なります。
今回のフィッティングプログラムは、耳せんの選択肢が細かく、イヤチップも選べます。イヤモールドなら4.5mmまでのベント径やオープンイヤモールドが選択できます。
先ほどはイヤチップ設定でファーストフィットしたので、この部分をイヤモールドのベントなしに変えて、ファーストフィットします。そうすると、鼓膜面音圧はどう変わるでしょうか?
測定条件は次の通りです。
・聴力はヘッドホンで測定(変更なし)
・補聴器の形状はBTE(変更なし)
・耳せんはイヤモールドのベントなし(★変更あり★)
・処方式はNAL-NL2(変更なし)
・実耳測定の際には、アダプティブ機能をすべてオフ。(変更なし)
・入力した聴力図は先ほどと同じ。(変更なし)
さて、イヤチップをイヤモールドに変えれば、それだけで劇的に改善されるのでしょうか!?いざ、実耳測定で検証!!
・・・1000Hz前後を中心に、先ほどよりは少しターゲットに近づきました。
しかし、まだ十分とまでは言えません。
どれくらいが十分かというと、たとえばイギリスでは実耳測定して補聴器をフィッティングする時、目標カーブに対する実測カーブの許容誤差は最大でプラスマイナス5dBと言われています。それを考えると、随分と外れてしまっています。
しかし、こんなこともあろうかと、補聴器メーカーの皆さんはしっかり考えてくれています。
一部の補聴器メーカーのフィッティングプログラムには、推測RECD補正機能という調整補助機能が搭載されているのです。
推測RECDによる補正機能を使ってみよう!
RECDというのは、real ear coupler differenceの略で、日本語では実耳カプラ差と言います。
RECDは、プローブチューブを使った実耳測定で鼓膜面の音圧を測った時のレスポンスカーブと、特性測定器の中でカプラを使った時のレスポンスカーブの差です。
実は、このRECDが分かっていれば、わざわざ実耳測定なんてしなくても、特性測定器だけで高精度に鼓膜面の音圧は計算で算出できるのです。
実耳測定がいらなくなってしまうのです!と言いたいところですが、そう上手くはいかなくて。
RECDは、耳せんの形状、外耳道の形状、補聴器の挿入具合などによって、お一人お一人違います。そのためRECDを知るためには、先にお客様の耳で実耳測定しないといけない。
普通、RECDというデータは、小児のクライアントや認知機能が低下したクライアントのために、実耳測定の回数を減らすために活用します。
なーんだ、やっぱり実耳測定がいるのか、となってしまいそうです。
しかし、このRECDというコンセプトを元に、一部の補聴器メーカーは技術的な取り組みを始めました。
現時点で大塚が知る限りでは、ワイデックス、フォナック、シグニアの3ブランドです。
彼らは、フィードバックテストの結果つまり耳せんの外に漏れてきた音を元に、RECDを推測する機能を開発しました。メーカーによって機能名が変わるので、本記事では大塚独自に「推測RECD補正機能」の呼称で統一しています。
この推測RECD補正機能を使って補聴器をファーストフィットすれば、理屈では実耳測定なしで、実耳測定に近い調整になるはずです!
実際、ワイデックスとフォナックからは「推測RECD補正機能は是非積極的に使って下さい!」というPRが出されています。
それでは推測RECDによる補正機能をオンにして、改めてファーストフィット!どこまで実耳測定による目標カーブに近づけるのか!?
今回の実耳測定の条件
・聴力はヘッドホンで測定(変更なし)
・補聴器の形状はBTE(変更なし)
・耳せんはイヤモールドのベントなし(変更なし)
・処方式はNAL-NL2(変更なし)
・実耳測定の際には、アダプティブ機能をすべてオフ。(変更なし)
・入力した聴力図は先ほどと同じ。(変更なし)
・推測RECD補正機能をON! ←(NEW)
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