氷菓における嘘――女帝と探偵をめぐる省察

「心からの言葉ではない。それを嘘と呼ぶのは、君の自由よ。」
                                                                                ――入須冬実

はじめに

 京都アニメーションの制作したTVアニメシリーズ『氷菓』の10話と11話は「愚者のエンドロール」編の後半から終盤にあたるが、ここで物語の軸となるのは「嘘」である。

 嘘には、小さなものから大きなものまであるけれど、大は小を兼ねるというし、大きなものを例にしながら、嘘について考えてみよう。これは半世紀ほど前に書かれたものだが、覇権を極め、力らを手に入れてなお――いや、むしろそれゆえに――、巨大な嘘がまかり通る様子について、アレントは「誠実が政治的な徳とみなされたためしはないが、嘘はつねづね政治的な駆け引きにおいて正当化できる道具とみなされてきた」(*1)という事実の確認から、時の省察を書き起こしている。大きな嘘が「必要悪」として許容され、人間と人間の関係―ーつまり社会―ーと切っても切り離せなくなってしまっていることを、ここでは指摘しているのだ。

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