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がらんどうな気分

このところ出版界は先行き不安な話をよく小耳にはさむ。つい今日も大御所作家さんまで連載が本にならないとTLで目にした。あの方がその扱いなら、自分なんぞ野良犬もいいところだろう。

そんなことを考えていたら、ふと思い出した。4,5年前だったか、自分もまだ書き途中の0稿の件で、とつぜんべつの出版社の編集さんから「森さんの別の社の原稿がうちに回されてきたんですよ。出版してくれないかって」
と言われたことがある。

まあずいぶんな恥さらしな人だなぁと呆れた。担当は一体どのタイミングで俺に白状する気だったんだろう? 自社では出版が無理です、と。でもその話を聞いて以来、何となく腹は決まった。書きたいものを書くし、それで用済みなら、それまでだ。むろん、ホームランを狙う努力は惜しまないわけだが。

そもそも考えてみれば、作家という生き物は文とつながっているのであり、出版社と首輪でつながっているわけではないのだ。そう考えれば本にならないくらいで目くじら立てることもない。元からない首輪だ。

だがこれを一般的なビジネスと考えると、だいぶ非常識には違いないのだ。出版界には昔からこの手の一般ビジネス的な常識の希薄なところがある。なぜか「べつに訴えられまではしないだろう」と高をくくっているところがある。

またデビュー当初言われたべつの言葉も脳裏をよぎった。「できるだけ新人作家さんには仕事は辞めないように言っている」という話。または「新刊は年に3冊にとどめましょう。4冊も5冊も出していたって読者のお財布がついていきません」。

新人作家に仕事を辞めないようにお願いするような形態で、果たして出版社は本当にいいのだろうか。もちろん、編集者一人一人ではこの現状は変えがたいだろう。「そりゃもっと稼がせてやりたいけど形態上無理なんだよ」と。きっとそうなんだろう。

また、本当に年に三冊の出版で作家が喰っていけると思っているのだろうか? それとも、年に三冊の出版で何万部も重版がかからないくらいなら筆を折ったほうがいい、という意味に介するべきなのだろうか? だとすると、その発言は暗に「売れる本が良い本です」と言っているのと変わらないことになりはしないか? 

結論からいえば、出版界のシステムはべつに作家の生活のことを考えてできているわけではないのだ。それは、最終的にいえば多くの人におもしろがってもらえる本を量産するためにあるシステムであり、本を受け取る人の数にかぎりがあれば、作家に回る金も限られてくる。とくに売れない作家の場合は。

出版界はふしぎな塩梅で成り立っている。作家の博打と編集の博打があり、さらに営業の博打があり、その先には書店の博打がある。みんながそれぞれの博打を打っている。当然、博打打ちたちの世界に「社会一般の常識」を当てはめればおかしなところばかりになる。「そのままではいけない」それもわかる。

もしかしたら、一件一件きちんと裁判を起こしていけば、出版界はもっと住みよい世界になるのかもしれない。あらゆる契約不履行の起こらない澄んだ世界だ。そういうものをいち早く待ち望む気持ちも、なくはないのだ。ただ一方でそれを危惧する自分もいたりする。白河の清きに棲みかねて、という句ではないが、文にすがるしか生きる道のない「ならず者」にとって、果たしてそのような世界が生きる場になるのか、と考えると、これもまた首を傾げたくなるところが、ないわけじゃない。

歯切れがわるくなるのは、自分にも何が正解かよくわからないからだ。ただ、最近ひどく心ががらんとしている。「読者が味方です」と力強く宣言する作家さんもいるだろうが、私は私自身が読者を裏切ったり欺いたりする自覚もあるので、そんなに読者が味方だとも思っていないのだ。読者は作品の味方ではあるだろうけど(とくにシリーズものとかはね)、作者の味方なわけではない。編集さんもそうだろう。我々は皆、ひと時、同じ船に乗っているにすぎないのだ。

しかしこの「がらん」はわるくない。ちっともわるくない。何となく自分は出版界にいて小説を書き、それを受け取る読者がいて物事が成り立っていると思っていたし、実際そういうところもあるのはあるのだが、まずはじめに言葉がある。力強い一文があり、一行があり、一段落がある。そうして小説になる。どれだけ意味不明な代物であろうと、その強度を信じる。

これは人生全体もそうなのだ。たとえどんな集団に属して生きていようと、実際にはみんな一人一人で生きているのであり、その答えも一人のためのものに過ぎない。ただ、一人であればこそ、他者は自分の「手足」なんかではないし、だからこそ最大限の敬意を払っていかなければならないとも思う。

まあとりあえず今は、この41にして初めてしっかり聴きとれる「がらん」という気配を新鮮に、半ば心地よくすら感じていたりする。そういう、何のオチもない話であるよ。びっくりした? 俺もびっくりしたよ。まあ、今夜はきっとよく眠れるよ。

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