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【楽曲連動型小説】『僕らの感情崩壊音』第六章「カセットテープとカッターナイフ」

今日から私は、小学生から中学生になる。

大人ではないけれど、もう子どもでもない。
少しブカブカの新しいブレザーを着ていると、本当に大人の仲間入りをした気分だ。黄色い帽子も赤いランドセルも、もう必要ない。
肩に紺色の通学バックをかけ、私は胸を躍らせた。

暖かい春の風が中庭の桜を揺らす。この中学生活が希望で満ち溢れたものになると、桜が示唆しているかのようだ。春の日差しをブレザーが吸い込んで、肩が暖かくなるのを感じる。


古びた旧校舎の1階、右端の教室が、私の配属された1年7組だ。教室に入ると知らない顔だらけで、緊張と興奮で手のひらが湿っていく。

席に着くと、担任の先生が教室の扉を開いた。
私たちの担任は中原という中年女性だ。40歳ぐらいだろうか、頭にきついパーマをかけていて、分厚い眼鏡のせいで目が小さく見える。

私たちは中原先生から、中学の校則の説明や、各教科書の配布をされた。少し甲高い、耳に障る声だ。

中原先生のまとまりのない話を聞きながら、私はクラスメイトたちを盗み見し、友達になれそうな子が居ないか探した。

私は、大きな声で中原先生をからかっている、美人で目立つ女の子を一瞥した。
私は、ああいうタイプとは合わないだろう。
必要以上に声の大きい人が、私は昔から苦手なのだ。

しかし先生の言葉を一字一句、ノートにメモしている真面目すぎる女の子とも仲良くなれない。

誰かいないだろうか、普通の子でいい。
目立ちすぎず、真面目すぎない、一緒に学校生活を穏やかに過ごしていけそうな子。


私は窓辺の席の、一人でぼんやりと外の景色を眺めている女の子に目を止めた。


なんだかつまらなそうな顔をしている。中原先生の話がつまらないのは勿論なのだが、そのせいではない気がする。

もっと、世界を諦めているような、世界に期待していないような、廃れた目つきだ。


真っ黒なセミロングの髪。二重の丸い目、スッと通った鼻筋、小さく、きつく閉じられた唇。白い肌には少しそばかすが浮かぶ。体型はとても小柄で、ガリガリなくらいだ。
二重はよく見るとアイプチで作られているようだ。まじまじと見て初めてわかるぐらいの、自然なアイプチだ。


私は、同じアイプチ使用者として、勝手に好感を覚えた。
あの子に声をかけてみようと決心を固める。


お昼休み、私は笑顔を作り、その子に声をかけた。

「ね、良かったら一緒にお弁当食べない?」

彼女は表情を変えることなく頷いた。

「いいよ。私、千秋。橋本千秋。」

「私は伊集院香織。よろしくね。」

クールな対応に少し緊張しながらも、私は昼食を共にする女の子が見つかり、少し安心する。一人で食べるお弁当はなんとも切ない味がして苦手だ。


私たちは向かい合ってお弁当箱を開いた。
千秋のお弁当を覗き見すると、オムライスがまるごと入っている。

「オムライス?美味しそう!」

彼女はぶっきらぼうに答えた。

「私、お弁当自分で作ってるから。沢山おかず作ると時間かかるし。」

卵は破れることなく、綺麗にチキンライスをふんわりと包んでいる。同い年の13歳の子が、こんなに上手にオムライスを作れるなんて。私は湧き上がる欲望を抑えきれず彼女に聞く。

「…ねえ、一口もらってもいい?」

「え、いいけど…」

千秋は自分のスプーンを手渡してくれた。
私は彼女のスプーンを借りて、オムライスを口に入れる。フワッと広がるバターの香りと、チキンライスの甘酸っぱさが絡み合う。

「美味しい!こんなの作れるなんて凄いね!将来シェフになれば?」

「大袈裟だよ。私の親、離婚してるから。お母さんの手伝いしてたら、作れるようになっただけ。」


そう言いながらも、千秋は口元を歪めるようにして笑った。下手くそな笑顔。

その瞬間、私は、千秋を守りたいような、誰にも取られたくないような、不思議な感覚に襲われた。

切ないような、痛いような、優しいような初めての感覚に、13歳の私は戸惑い、うろたえる。

私はその戸惑いを隠すかのように、もう一口オムライスを口に入れた。甘酸っぱいチキンライスが、私の心の中に切なさを押し広げていく。私の中に、彼女のことをもっと知りたいという欲求が湧き上がる。


その日から私は、いつも彼女の側にいるようになった。


入学して一ヶ月ほどは、彼女は自分でお弁当を作って持ってきていたが、段々とコンビニのパンを持ってくることが増えた。今日は大きな焼きそばパンを頬張っている。

「最近いつもパン食べてるね、美味しそう。」

「うん。キッチンにあんまり居たくないから。お弁当作れなくて。」

「なんで?」

千秋は焼きそばパンを頬張りながら説明する。

「うちの両親、離婚したって言ったじゃん。父親、一時期は出て行ったんだけどさ。金がないからって帰ってきたの。ほんとクズ。」

「離婚したのに一緒に住んでるってこと?」


「そうだよ。家の空気最悪だよ。私あいつのこと大嫌い。」

千秋は廃れた目で悪態をついた。

私は「そうなんだ…」とくだらない相槌を打った。適当な共感や薄いアドバイスを避けた結果、気の利いた言葉が一つも出てこない自分を情けなく思う。


その頃から、彼女はビジュアル系バンドにハマり、放課後はゴシックロリータファッションに身を包んでいた。
学校でも、真っ黒なネイルを塗り、手には黒いリストバンドを付けて、担任によく叱られていた。


しかし、ゴシックロリータは彼女の廃れた雰囲気にとてもよく似合っていた。
私は彼女の影響を受け、ビジュアル系バンドの激しい音楽性に魅了されていった。
ビジュアル系ファッションにも俄然、興味が湧いてくる。


日曜日、私は彼女のお気に入りのゴスロリファッション店に連れて行ってもらった。

私はシックで上品な黒いワンピースを気に入ったが、値札を見ると1万円とある。中学生には到底手が届かない値段だ。


私はその店で、セール品の黒い指輪を買い、千秋はレースのついた黒いリストバンドを買った。


「可愛いね。最近リストバンドよくつけてるよね。」

「うん、お守りなの。」


彼女は早速、買ったばかりのリストバンドを装着するために、元々つけていたリストバンドを外した。

そして、私は驚いた。彼女の白い手首には無数の傷がついている。何度も何度もカッターで引いたような赤い線。


「どうしたの。その傷。」

彼女はもう一度、私の目を見て言った。

「お守りなの。」



彼女は次第に、学校にも校則違反の濃いメイクをしてきたり、レースのついたニーハイを履いてくるようになり、中原先生から注意を受けることが増えた。

千秋は異質な存在感を放つようになり、クラスで露骨に浮き始めていた。濃いメイクや、放課後の派手なファッションについて、クラスメイトたちにからかわれることが増えていく。

ある日、クラスをよく仕切っている葉山という男子が、千秋に野次を飛ばした。

「おい!ロリータ!お前の私服やベーな!」

葉山は中1には思えない身長の高さで、体格も大きい。明るい茶髪で、目も大きく整った顔立ちだ。
声も大きくて迫力があるため、クラスの誰も葉山を敵には回さない。

そんな葉山が千秋をからかったので、クラスメイトたちからも、クスクスと笑いが起こった。この教室の空気は、葉山に支配されているのだ。


しかし彼女は、彼らの声が全く聞こえていないかのように無視を決め込んで、ビジュアル系雑誌を私に見せてくれる。そして千秋は意気揚々と呟いた。

「見て、かっこいいでしょ。ああ、こんな彼氏欲しいなあ…ビジュアル系バンドマンと付き合いたい…」

机に広がる、派手なメイクを施したビジュアル系バンドたち。
好きなファッションをして独自の主張を歌うビジュアル系バンドが、野次を飛ばすクラスメイトたちなんて比べ物にならないほど美しい存在に思う。

私はそんなバンドたちに、そしてそんなバンドを教えてくれる千秋にも強く憧れを抱いた。

千秋はクラスメイトたちのことを大して気にもせず、休み時間の度に私の机に来て、いつもビジュアル系バンドの話をした。私も彼女の机によく行った。

誰にからかわれても、二人でいれば怖くなかった。


葉山の野次は、最初は千秋のファッションをからかうだけだったが、次第にエスカレートしていった。
無視を決め込む彼女が面白くなかったのだろう。


授業中にはいつも、罵詈雑言が彼女の周りを飛び交うようになった。

「ロリータ、きもいんだよ、ブス、死ね!」

葉山の取り巻きの男子も、千秋を真似してからかい始めた。
「ロリータ死ね!」と馬鹿の一つ覚えのように叫んでいる。


あまりにも語彙力が乏しすぎて、可愛いほどだが、13歳の私にはとてもショッキングだった。
自分の友達が酷い言葉を浴びせられている。助けたいが、どうしたらいいのか分からない。


すると葉山が付け加えた。


「最近、伊集院にもロリータ移ってるよな。二人でいつも気味悪い雑誌見ててキモいんだよ。二人とも死ねよ。」


胃に、ズシンとした重さがのしかかる。一瞬、首を締められたように、息が詰まる感覚がして顔が赤くなる。

葉山の取り巻きも口を揃えて言い始めた。

「そうだよな、二人とも死ね。」


千秋はいつもポーカーフェイスだが、クラスメイトからの野次というのは、こんなにも胃が痛くなるものだったのか。
私は自分が馬鹿にされた悔しさは勿論、千秋の気持ちに初めて気付いた悔しさに涙を飲む。


中原先生は「静かにしなさい」というだけで、彼女が蔑まされていることには触れない。

どうやら中原先生も、葉山に嫌われることを恐れているみたいだ。
大人が頼りにならないことを、私は初めて知った。

大人なんて嫌いだ。いつだって、事を荒立てないことしか考えていない。


千秋は相変わらず、世界を諦めたような目つきで、窓の外を眺めていた。窓辺の席で陽の光に照らされている彼女は、本当に綺麗だ。
千秋はブスではないどころか、とても綺麗な顔つきをしている。好きなものが人と違うだけで、なぜあんなに綺麗な子がバカにされないといけないのだろう。

私は千秋と手を繋いで、窓の外に落ちていきたい気分で、その授業をやり過ごした。


その日のお昼休みに、事件は起こった。

いつものように、私と千秋はお昼ごはんを共にしていた。私は母が作ったお弁当を。千秋は大きなメロンパンを頬張る。

すると、葉山が飲み終わった紙パックジュースのゴミを、千秋に投げてきた。

ゴミは千秋には当たらず、机の角に当たり、床にポトリと落ちる。
千秋は少し睨みつけたが相手にせず、メロンパンを頬張り続けた。


そんな姿を見て苛立ったのか、葉山の取り巻きの男も、千秋に向かって空のジュースパックを投げる。

するとそれは、千秋ではなく、私の頭に当たった。

紙のジュースパックなので、痛くはなかった。しかし、こんなものを当てられたことが腹立だしくて、思わず箸が止まる。

そんな私を見て、葉山はお腹を抱えて笑った。

「伊集院の頭に当たった!ナイスボール!!」

彼らはハイタッチをしている。

それを見て、千秋はメロンパンを頬張るのをやめて、ゆっくりと立ち上がった。

「千秋?どうしたの?」


私の質問を無視して、千秋は食べかけの大きなメロンパンを、葉山に目がけて投げた。

メロンパンは葉山には当たらず、黒板にブチ当たって、へしゃげた形で床に落ちる。

葉山は、少しひるんだ顔で千秋を見た。
千秋は、今まで聞いたことのない大きな声を上げた。


「香織には当てるなよ!」


それを聞いて葉山はゲラゲラと笑う。


「ロリータがメロンパン投げてきた!しかもキレてるし!ウケるわ!」

それを聞いて、千秋は何かを決意したように目を見開き、まっすぐ葉山を見据えた。


いつもの、あの世界を諦めたような廃れた目に、微かな光が宿る。


千秋は、自分の机から筆箱を引っ張り出した。
そしてしばらく漁り、カッターナイフを見つける。
千秋のお守りだ。


そして、千秋はちゃんと、キリキリと刃を出してから、躊躇なく、一寸の迷いも無しに、葉山めがけて投げつけた。


葉山は「うわあっ」と情けない声をあげて、間一髪のところでカッターナイフを避ける。


それは葉山の顔の数センチ横を通り抜け、教室の壁にバンッと激しい音を立ててぶつかった。
私たちの、感情崩壊音。


クラスが、騒然とした空気に包まれる。

投げた張本人に目をやると、案外しれっとしている。
千秋は、そそくさと転がったカッターナイフを拾い、筆箱に閉まった。

そして一仕事終えたように、ふう、と一息ついて、魔法瓶の水筒のお茶を飲んでいる。


「えっと…千秋、大丈夫?」

「え、うん。大丈夫だけど。」

「…優雅にお茶飲んでるし」

「これ、美味しいよ。お母さんがアップルティー入れてくれたの。」


千秋は水筒のコップを私に差し出す。アップルティーは湯気が立ち、優しいりんごの香りがほんのりと漂う。

一口啜ると、甘くあったかく、五臓六腑に沁み渡るような美味しさだ。

「いけるでしょ。」と千秋が笑う。


すると葉山が、何食わぬ顔でアップルティーを飲む千秋に、物凄い剣幕で近づいてきた。

「おまえ、何投げてんだよ。危ねえだろ。」


千秋は葉山を一瞥し、本当にめんどくさいという顔でため息をついた。


「もう、しつこいな。」


千秋は飲んでいた熱々のアップルティーを、平然と葉山にビシャっとかけた。


アップルティーは、葉山のズボンを盛大に濡らす。

「あつっ!!」と言いながら、葉山が教室をのたうちまわった。

下半身にかかったため、まるでお漏らしをしたかのようだ。それに気づいた葉山は、顔を赤らめながら、大きい体をひん曲げてズボンを脱ぐ。

その姿がやけに滑稽で、私は笑った。千秋も、クラスメイトも笑っている。


千秋の廃れた目がキラキラと光る。口を歪めるように笑う癖。

やっぱり私は、千秋を守りたい。


葉山は「お前ら、早く死ね!」と言い残し、体操服のジャージに着替えるため、パンツのまま教室を出て行った。よく見るとパンツまでアップルティーで濡れている。


そこから一ヶ月、葉山とその取り巻きは、私と千秋に毎日毎日「二人とも死ね!」と言ってきたが、私たちはその度に葉山のパンツ姿を思い出し、笑いを堪えていた。


そんな散々な中学時代だったが、過ぎてしまえば早いものだ。
私たちは葉山たちに目をつけられながらも、三年間をどうにか二人で乗り切った。

世間的には「いじめを乗り越えた」二人なんだろうけど、少ししっくり来ない。

勿論、毎日酷いことを言われて悔しかったし腹が立ったが、私は少し面白かった。
語彙力のない葉山たちの罵詈雑言が。それに対しての千秋の反撃が。


千秋と私は、別々の高校に進学してからも、ときどき会っていた。

私は高校では軽音楽部に入り、ギターを始めた。
そのため千秋とは、前よりも更に、好きなバンドの話で盛り上がる。
私たちは相変わらずゴスロリショップに行ったり、ビジュアル系バンドのCDを買いにいっては、好きなものについて熱く語った。千秋と会う時間はやはり刺激的だ。


ある日、いつものようにショッピングを楽しんだ後、千秋は嬉々として私に打ち明けた。


「父親がね、ようやく出ていくことになったの。」


「え!おめでとう。やっとだね。良かったね。」


「葉山もいない。父親もいない。私これから、新しい人生送るんだ。」


千秋はそのとき、本当に幸せそうに笑った。

私は千秋のその笑顔が誰にも壊されないことを、心から祈った。千秋を傷つける人が居なくなって、千秋の手首の傷が減ればいいなと願う。

そしていつか、筆箱のカッターナイフを捨てる日がくればいいなと思う。



神様に嫌われているのか、私の願いはいつも天に届かない。

その夜、千秋から着信があった。
泣いた後のような、くぐもった声だ、


「父親、まだ居座るみたい。私が高校卒業するまでは面倒見るって言い張ってる。」

「え…。じゃあまた一緒に住まなきゃいけないの?」

「でもね、私もう我慢の限界。新しい人生送るって決めたんだ。高校は辞めるよ。相変わらず浮いてるし。」

私は千秋の突飛な発言に驚いた。
しかし、いつもより低い声から、千秋の固い決意を感じる。

「高校辞めて、どうするの?」

「実はメイド喫茶のバイトの面接受けに行こうと思ってるんだ。お金貯めて、家出るよ。」

「メイド喫茶って…。千秋絶対似合うじゃん…。」

「でしょ。受かったら絶対遊びに来てね。」


そして千秋は本当に高校を辞め、メイド喫茶のバイトに精を出した。


私は一度だけ、千秋が働いているメイド喫茶にお茶をしに行った。
そこは静かなジャズが流れる、想像以上にシックな空間だった。
コーヒーメーカーとお酒の並ぶカウンターの中に千秋はいた。

老舗喫茶店のような、クラシカルで上品なメイド服を着た千秋が、挽きたてコーヒーを入れてくれた。
所謂萌え喫茶とは一線を画していて、落ち着きのある上質な店だ。

メイド喫茶らしい特徴といえばチェキ制度があるぐらいだ。チェキは歩合制で、なかなか稼げるらしい。

「好きな服着て働けるなんて最高だよ。あの頃はレースついた服着てるだけでからかわれたけど、今はそれがお金になる。あ、香織さ、オムライス好きだったよね。サービスするよ。」

千秋はオムライスを手際よく作り、メイド喫茶らしく私の名前を書いてくれた。
味覚や匂いの力は強烈だ。甘酸っぱいチキンライスの味が、初めて千秋と話した日のことを思い出させる。

あの日、私は千秋のことを守りたいと感じたはずなのに、守られているのは、いつも私だ。
私は千秋が辛いときに何をしてあげられただろう。千秋はいつも一人で戦っている。
 
 
「千秋…ちょっと、トイレ借りていい?」

「はーい!右奥だよ。」


私はメイド喫茶のかわいらしく装飾されたトイレの中で、自分の無力さに、自分の愚かしさに、ひっそりと嗚咽を漏らしながら泣いた。



千秋はチェキで荒稼ぎしたお金で本当に家を出た。
 
メイド喫茶に通勤しやすい場所に家を借りたらしく、私と千秋は随分と家が遠くなった。

私はその頃からバンドの練習が忙しくなり、千秋と会う頻度が減った。そうしてすれ違いが続いた結果、私たちは自然に、連絡を取り合わなくなった。

何年も会わない日が続き、このまま一生会うことはないのだろうと、私は苦い気持ちを噛み殺して生きていた。


しかし、再会は突然だった。


それは私が二十歳のときだった。
私がコンビニでレジ打ちのバイトをしているとき、千秋は偶然、お客さんとしてやってきたのだ。

千秋は二十歳だというのに童顔で、あの頃と全然変わっていなかった。ピアスの数がやたらと増えたのと、アイメイクが濃くなったくらいで、髪型も黒いセミロングのままだ。
あの頃ほど派手ではないが、相変わらずレースのついた可愛いワンピースを着て、背の高い赤髪の男の人と談笑している。

千秋が商品をレジに持ってくる。私は平然を装って声をかけた。

「千秋…だよね?」

千秋は驚いて、私と名札を見比べる。

「え、香織!?ここでバイトしてるの?」

「最近始めたの。千秋は、デート?」


千秋は口を歪めて笑う。相変わらずヘタクソな笑い方だ。

「うん…彼氏なんだ。この人ね、ビジュアル系バンドしてるの!」

「え、そうなんだ…!」

おずおずと千秋の彼氏が頭を下げた。タレ目の一重まぶたが印象的な、優しそうな人だ。
ビジュアル系バンドマンと付き合いたいと、あの教室でぼやいていた千秋。千秋は小さな夢を叶えたのだ。


千秋は彼氏に私の紹介してくれた。


「ねえ、祐樹。この子、私の数少ない友達なの。超嫌われてた私といつも一緒にいてくれた子。香織もバンドしてるんだよね?」

「うん、ギターボーカルしてる。」


そう言いながら千秋にお釣りを渡した。千秋が白い手で小銭を受け取る。手首にはリストバンドはもうつけていなかった。

相変わらず傷だらけの手首だったが、隠すのを辞めたみたいだ。

千秋は小銭を財布に入れながら、私に話し続ける。

「私、ビジュアル系バンドマンと付き合うっていう、どうしようもない夢叶えたからさ、香織も夢叶うよ。多分。別に保証ないけど。」

相変わらずの廃れた目で話す。
しかし、あの頃よりも世界を諦めていない気がした。

派手なラメのアイシャドウのせいかもしれないけれど。

彼女の目は、あの日カッターナイフを投げたときのように、微かな光を宿している。


「ありがとう。私バンド、頑張るよ。」

「そしたら、またいつか彼氏と対バンしてね!見に行くから!」


そう言って、千秋は彼氏と腕を組み、店を出て行った。
私は切ないような、痛いような、優しいような気持ちで彼女の後ろ姿を見送る。

あの子にできることなんて、私にはやっぱりないのだ。

あの男の人と暮らすことが彼女にとっての夢であり、幸せだ。そこに私はいない。

私は私のことを頑張るしかないのだ。
曲を書いて、憂鬱な唄を歌っていくしかない。

カセットテープに声を吹き込むように、オルゴールに鍵をかけるように、あの子と過ごした日々を、曲の中に閉じ込めよう。忘れないように。


あの子は救えなくても、あの子みたいな子が、ほんの少しでも、救われるなら。


その日、バイトが終わってから、私は寄り道せずすぐに家に帰り、夜遅いというのにギターを取り出し、曲を作り始めた。

タイトルは決まっていた。

「カセットテープとカッターナイフ」

end


【リリース情報 / Release Information】
発売日:2020/9/30(水)
商品タイトル:3rd mini AL「僕らの感情崩壊音」
収録曲:全6曲収録 
価格・品番:1800円(税別)UMCK-1658
収録曲
M1:「ドンガラガッシャンバーン」
M2:「大阪路地裏少年」
M3:「汚れた手」
M4:「出席番号」
M5:「傷跡の観測」
M6: 「カッターナイフとカセットテープ(ver.2020)」


商品予約はこちらから↓↓
UNIVERSAL MUSIC STORE
https://store.universal-music.co.jp/product/umck1658/

【サブスク配信】

M1「ドンガラガッシャンバーン」
https://milkyway.lnk.to/dongaragasshanbaan

M2「大阪路地裏少年」
https://milkyway.lnk.to/Osaka_Rojiurashonen

M3「汚れた手」
https://milkyway.lnk.to/Yogoretate

M4「出席番号」
https://Milkyway.lnk.to/ShussekibangoMB

M5「傷跡の観測」
https://Milkyway.lnk.to/Kizuatono_Kansoku

M6「カセットテープとカッターナイフ(ver.2020)」
https://Milkyway.lnk.to/BokuranoKanjohoukaion

【みるきーうぇいプロフィール】

#アッパー系メンヘラ 、伊集院香織による
一人バンドプロジェクト「みるきーうぇい」。
本人の実体験から生み出される痛々しい魂の叫びが同じような経験のある若い世代を中心に絶大な支持を受けている。
自身が体験した”いじめ”を題材にしたMV「カセットテープとカッターナイフ」が
SNSを通じて紹介したことも起因し、大きな話題を呼ぶ。
2016年、1st single『カセットテープとカッターナイフ』を前代未聞のCDではなくカセットテープで初全国流通。
インディーズウィークリーランキング第5位となり、完全自主レーベルのインディーズバンドにして快挙の数字を叩き出す。
2019年には自身の楽曲をモチーフに、半自伝小説「放課後爆音少女」を執筆。
伊集院香織名義にて、小説投稿サイト「LINEノベル」に投下すると、月間ランキングにて1位を獲得。

自身でショートストーリーを描き、それに主題歌を付け発信する
新しい“音楽と小説の融合”を生み出すアーティスト。

■みるきーうぇい オフィシャルHP
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■伊集院香織(みるきーうぇい)オフィシャルTwitter
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