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無償の代償

「お伝えすることは何もありません」

見知らぬ番号からかかってきた一本の電話。

息子が通っていた学校は中高一貫校で吹奏楽部は100人以上が在籍していた。
部員のほとんどが女子であり、なかなか気の強い女子たちを見ていた息子は、中学生から女の悪いところを見て育ったと思う。
かといって女嫌いになった訳ではなく、息子は女の子の友達がたくさんいた。


息子はそんな気の強い女子たちの中で部長となったのだ。
しかし、部員に対してあまり強く言えない息子は苦労しているように見えた。

そして「部長の母」つまり私は、気の強い女子たちの母をまとめなければいけない立場になってしまった。


最初にしなければいけないのは「総会」の司会である。何故か部長の母が代々司会を務める。
そして夏の演奏会に向けてのいわば下働きの仕事を母親たちに振り、まとめなければいけないのだ。


「引き継ぎ」というものは、仕事でもボランティアでも必ずしなければいけない。

息子は学校が開校になってから52年目の生徒、つまり52回生だった。
51回生の部長の母から今後の仕事について引き継ぎがなくてはいけないはずだった。
細かい決まり事が必ずあるはずだ。

しかし、電話の主、51回生の部長の母は
「お伝えすることは何もありません」
と言う。
私は意外なこの言葉に頭が真っ白になった。
「オツタエスルコトハナニモアリマセン?」


「いいですよね!52回生は!
先生が色々やってくれましたものね。
51回生は何にも認められず、何もしてくれませんでした。ご自分で全てお考えになってやってください」ガチャン。

何を言っているのかさっぱりわからないが、どうやら51回生の母は、52回生を良く思っていないらしい。
そして顧問の先生への怒りを部長の母に何も教えないということで仕返しをしているらしかった。


くだらない。

幼稚な考えに呆れながら、どうしようか考えた。

ボランティアというものはタダで働く。つまり「無償」だ。
無償の代償は引き継ぎしなくてもクビになる訳でもなく、仕事が滞っても違約金が発生することもない。
むしろ仕事が滞ってザマアミロと後ろから見ていても何も言われないことだろう。
ボランティアで働くと必ずこういう幼稚な人と接し、幼稚な事態を収集しなければいけないのだ。

「あなたって完璧主義者だったのね」
とあとで52回生の母に言われるくらい、私は仕事の割り振りをものすごく細かいところまで決めていった。

何の引き継ぎもないまま、全て自分で決めないといけなかった。
52回生の母たちが協力的だったのが救いだった。


「そんなはした金も出せないようじゃ演奏家として成功しない」

ソンナハシタガネモダセナイヨウジャエンソウカトシテセイコウシナイ?

意外な言葉は又もや私の頭を真っ白にさせた。

門松市は音楽に力を入れている。
門松市主催の「門松新人演奏家コンクール」は、新人演奏家の登竜門として有名だった。

音楽家を目指していた息子は大学1年生の時、このコンクールにエントリーした。
それを知った門松市に住む友達が、「コンクールのボランティアをしている人がいるから紹介したい」と言う。
少しでも情報があるのはありがたいと思い紹介してもらうことにした。

50代くらいのその女性は、医大生の娘さんがいて、学費に大変お金がかかっているらしかった。
小学校から高校までずっと私立に行かせており、さらに私立医大に行かせていたということはその女性にはお金があるのだろう。

「私は審査に関わっています」
と女性は言っていた。
息子はコンクールに入賞し、門松市の音楽会に出演することになった。
弱冠19才で入賞したのはコンクールで初めてらしかった。

ボランティアの女性から電話がかかってきた。

「コンクール入賞おめでとう。
私が審査員に一声かけたから。」
私の力よ!と言いたげだった。

ボランティアの女性はフラワーアレンジメントの先生をしているらしかった。

「今度フラワーアレンジの教室でイベントを開くの。息子さんに演奏してもらって、みんなに聴いてもらう機会を作りたい。
強力な力を持つ方の奥様もたくさんいるのよ。
聴いてもらったら何か力を貸してくれるかもしれない」
「ところで1人5000円のアレンジのレッスン代がかかるの。10枚引き取ってくれない?」


10枚って1人5千円だから10枚で5万円?

演奏会はピアノ伴奏者をつけなければいけない。伴奏者に払うギャラは2万円から3万円だ。
合計8万円を払って強力な人を紹介してもらう?

バカバカしい。

と思った。

「8万円は大金です。レッスンにどなたが来るかもわからないし、主婦の会のために8万円は出せません」とお断りした。

女性は烈火のごとく怒り出し、冒頭の言葉を吐くこととなる。
「そんなはした金も出せないようじゃ、演奏家として成功しない。」

「ならばあなたはどうです?
フラワーアレンジの講師として成功してるんですか?
チケット10枚買取しないと赤字なら成功していないと言うことですよね?」

私はこういう時、本当に自分は気が強いなぁと思ってしまう。

お金をはした金と言うお金持ちは大嫌いなのだ。

嫌いな人を真っ向から否定してやりこめてしまう。

もちろんこの女性からは一切連絡が来ないし、蛇のごとく嫌われた。


今も息子は門松市と関わっていて、当時の審査員長とも話す機会がある。
ある日息子は思い切って聞いてみたと言う。

「ボランティアの人が審査に関わって発言することはありますか?」

ありませんと即答された。

「ボランティアが審査に口を出すことはあり得ません」



「私は仕事はしません」
ワタシハシゴトハシマセン?

又もや意外な言葉に私の頭は真っ白になる。

町内会の役員を決める総会。

副会長、書記2名、会計が立候補し、会長だけが立候補がいなかった。

お決まりのくじ引きで私は運悪く会長になってしまった。

四人の女性は友達同士で私だけが「アウェイ」だった。

さて、この時副会長の女性は挨拶で
「私は仕事はしません」と言った。

普通は嘘でも一緒に頑張りましょう。助け合いましょうと言うのではないか?

意味がわからない。

何故彼女は副会長に立候補したのだろう。


言葉通り、この女性は一回も会議に出席しなかった。


会議が終わると書記が会議の内容を記録し、議事録を作り、役員が目を通してサインして次の人のポストに投函していた。

今考えるとアナログな方法だったと思う。

メールで回せば済むことだったのに。

私は議事録を読んで、三軒隣の副会長の家のポストに議事録を入れた。

副会長の家のポストはチラシがたくさん入っていてお世辞にもきれいではなかった。

案の定、議事録を失くしたらしい。

「あんな紙切れ一枚じゃ失くすのも当然」という電話がかかってきた。

「なくしたんですか?
紙切れ一枚も管理出来ないんですか?
会議も一回も出てませんよね?
リコールを出してもいいですか?」
また私の気の強さが出てしまう。


彼女は三人の「友達」にすぐさま電話をかけて、私の悪口を言いふらしたらしい。

私は次の日、このままでは仕事にならない。話し合いたいと副会長以外の三人に連絡した。

しかし意外なことに三人の「友達」は彼女の肩を持っているわけではなかった。

彼女は普段から失くしものが多いらしかった。
まあ、だらしない人なんだろう。

三人の役員は私に協力的で大変助かった。仕事も出来る人たちだった。

会長職は無事に終わり、次の会長は自ら立候補してくれた。
最初は副会長に立候補を考えているようだったが会長だけがアウェイになると辛くなると思うので会長職を残さないで欲しいとお願いした。
その方は快諾してくれて、引き継ぎもすんなりと終わった。

役員が終わったあとも私は副会長に蛇のように嫌われ、なんと私と同じ班だったのに、班を脱会し、違う班に入ってしまった。

違う班に入った彼女とは話す機会が無くなり大変助かったのだが、最後まで理解出来ない人だった。


私が何がいいたいのかと言うとボランティアをしてロクな出会いがなかったということなのだ。

ボランティアには給料が発生しない。
会費の集金をしても利益を生んではいけない。
お金が回らない。

幼稚な人や力もないのに力があるとウソをつく人や全く働かない人がいても、クビにはならない。

しかしボランティアは時にはものすごい力を発揮する。お金が無くても動く純粋な気持ちは偉大だと思う。
その時に人に強弱をつけてはいけない。
仕事の上司ではないのだから。


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