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図書館員、雨には負けぬが水道管破裂には負け……ていられない

『雨ふる本屋』という児童書のシリーズがある。

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 作者は日向理恵子さん。主人公の少女ルウ子はひろったカタツムリに誘われて図書館の中に現れた古本屋こと「雨ふる本屋」へと入り込む。そこはドードー鳥が店主におさまる不思議な本屋、書棚に並ぶ本は人間に忘れられてしまった物語に雨をかけることでできたものだという……そんなファンタジックなお話は現在5巻まで刊行されており、借りていくお客さんも少なくない。

 雨の降る本屋とは実に幻想的かつ非現実的で、物語のギミックとしても読者の心を掴むのにじゅうぶんなイマジネーションがわいてくる。が、それが現実に起きると状況はなかなか悲惨なことになる。ただでさえ図書館にとって書物の天敵《湿り気》《水滴》は悩みの種なのに、それが屋内に降るとなると厄介極まりない。

 ……屋内に雨が降ることを俗に何というか?

《雨漏り》と言うのである。

雨漏り

 実はうちの図書館、何年か前まで雨漏りに悩まされていた。しかも雨が降ると毎回発生するのではないというところが小憎らしい。業者さんを呼んで見てもらおうにも、今日は漏ってきませんねとなってしまうことも多々あった。梅雨時の長雨でもしとしとぴっちゃんしとぴっちゃんとならないときがあれば、天気予報の隙を突いたかのような一瞬の通り雨にしとぴっちゃんすることもあるという有様である。

 幸い、しとぴっちゃんというか雨漏りぴちょんくんは本棚の上にはやって来ず、連絡通路や階段をじとじとさせるに留まっていたが、それでもバケツを置いて《雨漏り注意!》と貼り紙をするのは図書館としてどうなんだ感は否めない。

 さらには男子トイレも雨漏りに悩まされていた。ご老人が、
「トイレの床がひどいことになってるよ。なんで皆んなこんな使い方をするんだろうなあ……」
 と言いに来てくれたことがあったけれど、それは日本人のモラルと男性が小さい方の用を足すときに犬が電柱にやるようにいい加減にやっているせい……ではなく、雨漏りだった。しかも壁から沁みこんでくるという、なんというか横入りである。特定の方角からゲリラ豪雨と風が吹き付けると何割かの確立で壁の隙間から雨水が入ってきて床を水浸しにしていたのだ。そして用を足しに来た男性陣の、日本人のモラルもここまで来たか感を高めていたのだが、ありゃ雨水なのだ。そう説明すると、

「ええーーーーっこれ雨なのか! なーんだ、わたしゃてっきり……って大丈夫なのかい?」

 との感想を頂戴した。ご安心ください、雨水です。ばっちくないとは言いませんが日本人男性のモラルと泌尿器科へ行った方が良い人数が急降下と急上昇しているわけではありません。

 幸い、館長を始め設備担当の職員が粘り強く調査をし業者さんに「耐水性バフかけて」と注文したおかげでここしばらくはプチ水害に悩まされてはいない。

 しかしこれなんぞはまだ可愛いものである。
 かれこれ二十年近く前に聞いたことがある某自治体の図書館水害エピソードは、『ホームアローン』の洪水ドロ二人組の犯行が大成功してしまったかのような悲劇だったそうな。

 時は年末仕事納めの日……職員たちは「お疲れ様でした、良いお年を」とそれぞれが帰路についた。放りっぱなしの大掃除を少しでもやらなくちゃと思った者もあったろう、おせちの準備をしに買い出しの計画を立てるの者もあっただろう、クリスマスに引き続き年末年始もアローンな自分はなんなんだ、泥棒さえ訪ねてくる予定もないと悩む者もあったに違いない。みんな新年1発目の館内整理まで束の間の連休を楽しみたかったはずだ。

 急報は真夜中にやってきた。
 詳細はわからないから推測も入るけれど、まずは異常を知らせるセンサーが鳴った。セコム入ってますか? そいつは良かったとばかりに、警備の人がやってきた図書館は……なんと階段から滝のように水が流れ落ちてきていた。

……いくらセコムやALSOKの警備さんたちが屈強なアスリートだったりファイターだったりしても大水相手には無力だったろう。曹操軍に水攻めを食らった呂布と陳宮のような心持ちで手を打たねばと警備さんたちは自治体の方へ早馬を……じゃなくて、緊急回線を入れた。館長を始め、職員たちは文字通りの寝耳に水を食らって慌てて真夜中に飛んできたそうな。そして近場に住んでいる職員たちに大号令をかけて、水を止めるのは専門家に任せて本を運び出すことにした。十二月末のしんしんと冷え込む真夜中に、せっせと本を箱詰めしている司書たちはさながら夜逃げの様相だったに違いない。どうやら寒さで貯水タンク? 水道管? か何かが破裂して大水を流したらしい。
 幸い本への被害はわずかで終わり、翌日区長が視察に訪れ、真夜中の救出作業に奔走した職員たちに「よくやってくれました」と頭を下げたそうな。疲れ切った職員たちに少し早いお雑煮が振る舞われました……となると心温まるのだがそんなエピソードがあったかまでは聞いていない。

 真夜中の水道管破裂伝説に比べれば雨漏りなんて可愛いものである……なんて言ってないで災いの芽は小さい内に摘むに限る。漏電でもしたら大変なことになる。
 そして、仮にうちの図書館で真夜中に水道管が破裂したら呼び出されるのは近場に住んでいるAさんとBさんと……などと無責任な想像をついしてしまった。皆が安心して眠れる真夜中でありますように。

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