見出し画像

ちょっと長めの図書紹介⑳

「膨大なフィードバックをもとに、
 〈教育格差〉と現代教育の諸側面との
 関わりを解説した、
 現場のための教育社会学テキスト」
──出版社ウェブサイトより引用

さて、
本書について何を語ればよいか……
悩むこともない
それは至極当然に「はじめに」であろう。

「格差に焦点を置く教科書」(p.ⅱ)
その価値はもちろん第1章以下にある。
しかし、
全15章で構成された本文はもちろん、
コラムとして置かれた3本の視点、
その質を支えたのは、
本書を作成していく工程にあった。
想像を超えるその作業工程は、
覚悟をもって読まないと
あっという間に意識を失うかもしれない。
飽きっぽい性格のわたしには
到底できない──。

その工程をここで紹介しても
本書の質が下がることはなく、
ネタバレと非難されることもないだろう。
むしろ価値が高まるだろうとさえ思うため
本レビューでは
「はじめに」を概説していくことにした。
(引用は、すべて「はじめに」より)

まず、
編者のおふたりが出会い、
本書作成のきっかけとなる会合があった。
  ♯2時間半
それ以降にも議論は続く。
  ♯「2~4時間に及ぶ議論」13回
まだ導入にもかかわらず、
ひじょうに綿密であることがわかるだろう。

その議論を経て執筆者の選定が始まる。
「現場で有用性を高めるため」に
「教育現場において直面する課題を洗い出し、
 教育社会学的知識をマッピングして
 各章の内容を」確定し、
編者のおふたりが執筆候補者をあげ、
打診したという。
さらに、
その後も執筆者に内容を任せるのではなく
「研究会形式ですべての章について
 執筆者同士で十分に議論をした」
という工程も新しいという。
  ♯8時間の研究会(と3時間の懇親会)。
ここまででもすごい状況が想像でき、
ストイックに向き合っていることが伝わる。
だが……
「本書の作成はここからが本番」であった。

「執筆陣による各章の詳細検討会」が開かれ、
「編者2人と」検討していく。
  ♯1章あたり90分(×15)。
もっとすごいのは、
その経過を経て「第2稿」では
「担当章の分野に関する
 専門家2名以上」の「査読」が加わる。

まだまだ〈すごい〉は、終わらない。
本書のコンセプトが「実践」にあることから、
「現役の教師、教職を目指している学生や
 大学院生、教育実践に詳しい研究者など」を
集めた「公開編集会議」が実施されている。
「15の章に加えて3つのコラムを1章分」で
「合計16回のセッション」
(原稿の黙読、グループ協議、質疑応答など)
(全工程、のべ約560名参加)
  ♯2時間半×16回=40時間

この工程は、
並みの根気強さでは実施できない。
思いついたとしても実行できないだろう。
この紹介文を読んだだけで
すでにお腹いっぱいかもしれないが、
本文はもちろん別腹だ。

目次を紹介する前に、
本書の核「教育格差」を定義しておこう。
「教育格差」とは──(p.ⅱ)、
「子どもが育つ家庭環境には差がないことが
 理想とはいえ、
 現実には多くの格差があ」る。
「こうした子どもの本人には変えることが
 できない家庭環境の違いによって
 子ども自身の学力や学歴といった
 教育成果が大きく異なることを」いう。

そして以下が
〈すごい〉の集大成である目次である。
第I部:教育関係者のための教育社会学概論
 第1章
  教育は社会の中で行われている
 第2章
  教育内容・方法は社会と深く関わっている
 第3章
  教育は階層社会の現実から切り離せない
 第4章
  「平等」なはずの
  義務教育にも学校間格差がある
 第5章
  制度が隔離する高校生活
 第6章
  教師は社会的存在である
第II部:学校現場で使える教育社会学
 第7章
  保護者・子どもの言動の
  背後にあるものを見据える
 第8章
  教師はどのように生徒と関わってきたのか
 第9章
  非行は学校教育と密接に結びついている
 第10章
  進路が実質的に意味する生徒の未来
 第11章
  「性別」で子どもの可能性を
  制限しないために
 第12章
  日本の学校も多文化社会の中にある
 第13章
  特別活動と部活動に忍びよる格差
 第14章
  不登校・いじめは「心の問題」なのか
 第15章
  「現場」のために教師が社会調査を学ぶ

──といっても、
章タイトルだけではなんとも……
かもしれない。
もう少し〈すごい〉の各論を紹介しよう。

各章内を以下の4節に共通分割している。
「1:各章のテーマに関する具体的なケース」
具体的な事例が紹介されているため、
導入として、テーマに関心移入しやすい。
「2:学術知見の概要」
ここでは、学ぶべき知識が培われ、
議論のための論点も整理される。
「3:現場のためのQ&A」
学術知見を現場的によせた
問いと回答が用意された節であり、
本書の特徴であると編者は述べている。
「4:演習課題」
授業で再現可能な
演習問題が用意されている。
「5:理解を深めるために」
文献だけではなくメディアの紹介もあり、
目からだけではなく
耳からの学習効果も促している。

本章のほかにコラムを3本収録──
 1 スクールソーシャルワーカーと
  協働して教育格差に向き合おう
 2 学歴に関するありがちな意見は
  妥当なのか?
 3 学校における「会話」を分析してみる

──以上
A5・358ページという
ボリュームも〈すごい〉のだ。

各章の魅力を紹介していきたが……、
ここでは「コラム1」にちょっと触れてみる。
「スクールソーシャルワーカーと協働して
 教育格差に向き合おう」(藤本啓寛)
スクールソーシャルワーカーは、
社会福祉の専門性を有した職員である。
そのため、
生活保護や就学援助制度にもつながりが深く
事務職員の業務と重なる部分もある。
筆者は述べる──
スクールソーシャルワーカーは
「関係機関」と「学校」現場を
「重ね合わせて
 共に教育格差に向き合っていく」(p.148)
ことが期待されている──と。
スクールソーシャルワーカーは
基本的には資格保有者の職であり、
社会福祉士や
精神保健福祉士を条件としている。
しかし、
事務職員はその業務に関して
あくまでも職能として専門性を生かした
かかわりであり、
スクールソーシャルワーカーのそれとは
区別されるだろう。
そのため、
「国家戦略特区の提案が実現!
 全国で初めて学校事務職員定数を活用して
 『拠点校スクールソーシャルワーカー』を
 採用します」(福岡市教育委員会)
という業務の重なりを理由になのか、
定数を重ねる事例にもつながっている。
■https://www.city.fukuoka.lg.jp/data/open/cnt/3/59331/1/268.pdf?20191226101952
──このしくみについては、賛否両論あり。

私見を述べれば、
それぞれの定数を生かし
「スクールソーシャルワーカーと」
事務職員も加え
「協働して教育格差に向き合おう」と
タイトルに〈事務職員〉も加えてほしい。
また、文部科学省によれば、
そうあるべき職種であるだろうとも
考えられる。
(文科省:事務職員の標準的な職務の明確化
に係る学校管理規則参考例等の送付について)
■https://www.mext.go.jp/content/20200717-mxt_syoto01-000001234_4.pdf

最後に「現場で使える」──のかどうか。
「教育格差という現状を見つめ、
 研究の蓄積を知ることが、
 ひとりひとりの教師の
 日々の実践に役立つ」とされている(p.i)。
だが、密林コメントでは厳しいものもある。
たしかに「現場で使える」=すぐに活用できる
そんな本とはいえないだろう。
しかし、
著者が考えている現場的活用論は
「『社会』について知識を持つこと」であり、
それが、
「教育現場のコンテクスト(文脈)を
 理解する基礎になる」と述べている(p.ⅰ)

また、
「本書が広い意味での教育関係者にとって、
 『社会と不可分な教育』という視座を
 得る契機になれば」と願っている(p.ⅱ)
「現場で研究知を
 応用できるように」(p.317)とあるように
「現場で使える」には、
現場で使える〈ようになるための〉という
言葉が隠れていると考えるべきだろう。
処方箋のように速効で
活用できるようなテキストも必要だが
それはマニュアルにとどまり、
使いこなすこと=真の理解には
つながらない可能性は否定できないだろう。
少し先の成長を見据えて
書かれた「現場で使える」テキストこそ
本当に必要な真のマニュアルであろう。
〈「現場で使」いこなす〉ことも
われわれ、現場で働く人間の使命である。

「おわりに」では、
「本書の内容を教職課程において
 必修科目とすることを目指」す(p.317)と
宣言されている。
教育職員免許法施行規則に準ずれば
「教育に関する社会的、
 制度的又は経営的事項」での必修化である。
現行法ではその後ろに
「(学校と地域との連携及び学校安全への
 対応を含む。)」が記載され、
地域連携と学校安全が必修化されている。
そこに〈教育格差〉を加えよう。
わたしもここ数年、同じ思いがある。
ついでに〈教育財政〉も加えてほしい。
テキストのことはこれから考えるが……
15回分のレジュメはでき、
初任者対象の研修は少しずつ実行している。

コラム1筆者・藤本啓寛さま、
ご恵贈ありがとうございます。


#社会教育学
#教育格差
#教職課程
---
https://www.minervashobo.co.jp/book/b589599.html

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?