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Tさん(終末期)の笑顔

〜人に伝えるという心の解放〜
#終末期 #欲求充足は万人の権利 #要求個人主義 #家族のようなものになりえる万人 #他者介入により自己変容

【音楽好きのTさん】
~前回までのお話~
終末期の看護~Tさんの場合~|MILK|note

朝一番で、Tさんのお部屋を訪問。
ドアをスライドさせて、元気よく
『おはようございます』
と、お声がけをする。
すると、ニッコリ笑うTさんが、ベッドに横たわっている。

Tさんの頭の左側に椅子が置かれ、カセットテープやCDが紙袋に山盛りに詰められ、プレイヤーがドカンと鎮座している。

『音楽をベッドにいながら聴けるようになって、よかったですね』
と、声をかけると
再び、満面の笑みがTさんから帰ってきた。
朝から嬉しい顔合わせでした。

袋の中身に演歌や童謡のCDもあって、
まずは、プレイヤーのカセットに入ってるテープ再生ボタンを、私は押した。

女性演歌歌手の歌声が、居室内に響く。

次の訪室時、音楽が終わっています。
Tさんから、
『終わったから、音楽を流して』
と。
一言一言を発声するには、息を吸い込み、吐きながら音となる。
声を出すというのは、Tさんにとっては、たやすいことではない。

これまでのTさんは、訪問室した時、ちらりと目を見開き、人物を確認したら、目を閉じるだけだった。

Tさんは、自分の殻を破り、人とのコミュニケーションを図ることを楽しみだしたように思われる。

 

天草 西平椿公園


【欲求充足の体験と変化】
説明すると、これまでは
私の声掛けの内容を受け取り、
Tさんが受け手として、私の発した情報への返答の伝え方は、
首を縦か、横に、動かすことで表出していた。


しかし、今は、
『はい』
と言う返事を確実に返してくれた。

『コーヒーが飲みたい』
『ジュースが飲みたい』
『いちごが食べたい』
『スイカが食べたい』
食欲について尋ねると、いくつかの希望を伝えてくれた。

しかし、Tさんには身寄りはなく、家族のようなものはいない。

これまでのTさんは、伝えたとしても、かなわないことは、口にしないようにしていたように思われる。

だが、音楽が聴きたいと、心ではおもっていたTさん。
『石原裕次郎の音楽が聴きたい』
『小林旭の音楽が聴きたい』
思いを伝えたら、環境が整うことや、自分でできないことを誰かが成し遂げようとすることを体験したTさん。

ベッド周囲に足を運んでくる一人一人が、手となり足となり、少しは金銭的負担もいとわない人もいる。
『甘えてください』
私はそのように伝えている。

優しさに満ちた臨終を迎えたいと思うのは、わがままではないと思う。
誰しもの、権利だと思う。

天草 崎津の海を見守るマリア像

【天草出身のTさんへ】
天草に行ってくるから、名所を教えてくださいとTさんに伝えたら、

『なんにもないよ』
と、考えながらも、言葉をゆっくり返してくれた。

天草は、海に囲まれた、自然豊かな土地柄。
その様子を写真撮影してくることを、私はTさんに伝えた。

『見たい』
とTさんは答えてくれた。

天草 鬼海ヶ浦

そんなことから、今、私は、天草の海辺に立ち、脳裏にTさんの笑顔を思い浮かべながら、天草の西平椿公園から海を眺めている。

                       2022年8月23日(火)
                             MILK

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