見出し画像

古武順子さんのリサイタル当日を迎えて

1回目、2回目のリサイタルが無事に終わりました。今回はリサイタル直前から本番までを振り返って書いていきます。

リサイタルを1週間後に控えてもなお、順子さんの声は変化し続けていっていました。前回のnoteにも書いたように、このリサイタルは順子さんにとっての最終ゴールではありません。さらに良くなっていくための通過点です。

だからこそ、今できる範囲内で無難にまとめよう、という選択肢はありませんでした。最後の最後まで、限界まで挑戦できるように、毎日その日の限界までやり切る、というスタンスでレッスンをしてきました。

たとえできないことがあったとしても、それは順子さんと私にしか分からないレベルのことです。本番でそれができる、できない、ということは重要ではなく、その日できることを最大限にやる、ということがとても大事なことだからです。

『いつも頭の中で音楽を鳴らし続けていないといけないよ。』

寝ても覚めても、音楽の中に居続ける暮らし。こんなにもどっぷりと音楽に浸って、音楽と共に生きるという経験は、順子さんにとっては初めてのことだったようです。

あとはやるだけ!やるしかない!
そんな気持ちで本番当日を迎えました。

チキンを焼くイリヤン

『先生、本番の前っていつ何を食べたら良いのでしょうか?』

本番当日、私たちは順子さんの家へ行き、そこでウォームアップをして会場へ行く、という流れでした。

私たちがウォームアップをしているあいだ、イリヤンはせっせと料理をしていました。音楽家にとって、演奏前に何を食べるか、どのように食べるか、いつ食べるか、というのはとても大事なことです。

食事からウォームアップまで、私たちのフルサポートを受けて迎えた本番当日の順子さんの様子はというと・・・。

とても緊張していました。ソワソワと落ち着かない様子でした。

「なにを緊張してるんだよ!僕はソロリサイタルで緊張なんてしたことがないよ。ソロの本番なんて何だってやりたい放題なんだから!」

とイリヤンは言っていましたが、そんなこと言われたって緊張が収まるわけもありません。笑 

緊張する原因は様々ありますが、順子さんの場合は思考の「癖」が大きな原因のひとつだと感じました。

以前は、正しい準備というものを知らずに本番を迎えていました。演奏技術の不安を抱えながら、自分がやるべきことがクリアになっていない状態では、緊張するのも無理はありません。

それはつまり、不安や恐怖心と緊張が結びついた状態だったのだと思います。

今回の本番は以前とは全く違い、演奏技術はずいぶんと安定し、音楽面でもやるべきことはクリアになっているはずでした。

にも関わらず落ち着かないほどに緊張してしまう、というのは、自分の中にある不安要素が引き金になり、かつての緊張の記憶が呼び起こされたのだと思います。

不安に吸い込まれそうになるところを、イリヤンに気持ちを立て直してもらいながら、本番の演奏が始まりました。

緊張から硬さが目立ったところもありましたが、後半に向かうにつれて、輝くようなサウンドがあちらこちらに表れてきました。同じ姿勢で一点を見つめるように歌っていたところから、少しずつ彼女の視野が広がっていっているのを感じました。自分の周りにスペースも感じられるようになり、最後の最後に少し余裕が出てきたかな、というところで、1日目の本番は終わりました。

『自分が思っている以上にできてる。』

1日目の本番を終えて、彼女の中で小さな自信が芽生え始めたようでした。

そして、2日目。
序盤は緊張から始まりましたが、その緊張を引きずることなく、演奏は落ち着いたものへと変わっていきました。

呼吸のとり方、間の取り方など、冷静な判断ができていました。音楽に身を委ねて、良い集中の中歌えていたと思います。

体の可動域も広がり、目線を移したり、笑顔を見せる余裕も生まれていました。

『楽しめました。幸せでした。1日目と全然違います。』

本番が終わって彼女が言っていたことです。

彼女が本心から、本番の中でそう感じられたことはとてつもなく大きな成果です。これ以上のachievement(達成)はありません。

『反省点がある、というのは良いサインだよ!』

もっとこうすればよかった。もっとこれもあれもできたのに。彼女の中での反省点はいろいろとあるようですが、それはこの先もっと良くなっていけるというサインでもあります。

そしてここから先もしばらく発声技術が安定するまでは、緊張と共に迎える本番を順子さんは過ごしていくことにはなると思います。

けれども、緊張に押し潰されず、安定して歌える部分を増やしていけるようになるほどに、嫌な緊張からは解放される日が来ます。


プロの音楽家になっていくためには、こうした本番経験を積み重ねていく必要があります。それも、正しい準備をして迎える本番でなければ意味がありません。

その準備とは、演奏技術、楽曲解釈の仕方、衣装の選び方、考え方、食べ方、人とのコミュニケーションの取り方まで、多岐に渡ります。

ひとりの人間が音楽家として育つまでには、長い過程があるということです。


6月2日(金)、リサイタル最終日です。

コンサートに来てくださる方々には、暖かい応援の目で、順子さんの演奏を楽しんでいただけたらとてもありがたく思います。


最後まで読んでくださってありがとうございます。

今日も良い1日を😊

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?