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音楽を自由に感じるためのコーチング

古武順子さんの来るリサイタルへ向けて、本格的な準備が始まりました。

まずはまだ譜読みが終わったばかりの状態の順子さんと、同じく曲の全容をザッと見渡したばかりのピアニストのますみさんとで、イリヤンのコーチングが始まりました。

コーチングというのは、音楽をどのように組み立てていくのか、音楽の中でどこで何をするのか、というような具体的なことを取り決めていくレッスンです。

楽譜を地図にたとえるならば、どこでスピードを上げて、どこで緩めるのか。どこに休憩地点があって、どこで渋滞が起こって、どこでスムーズに流れていくのか、など。音楽をどのように感じるのか、そのための情報を楽譜から紐解きながら、その表現方法を具体的に決めていく、という作業です。

今後、いろいろと変わっていくことはあるにしても、まず最初に曲のイメージをみんなで共有しながら、ある程度の方向性を決めていくことが、最初にやらなくてはならないことです。

先生に言われたことを言われた通りに演奏する。YouTubeで聴いた有名な音楽家の演奏を真似て演奏する。それでは、どこかで聴いたことのある、よくある演奏にしかなりません。

楽譜に書かれた情報を読み解き、何をすべきかを自分で判断し、表現を選んでいく。プロの音楽家になっていくということは、この作業が自分ひとりでできるようにならなければいけません。

そのためには、音楽を感じるということが何よりも大事なことです。

『僕がリードするからついて来なさい。』

イリヤンに誘導されて、イリヤンが感じている音楽を順子さんも同じように感じることで、音楽を感じる力を目覚めさせていきました。

順子さんにとって、今までこんなにも自由に音楽を感じたことはなかったのではないかと思います。

『もっともっと自由に音楽を感じなさい。柔軟でありなさい。僕の指示に機敏に反応しなさい。』

イリヤンの自由で繊細な音楽の世界へ導かれて、順子さんやピアニストのますみさんも徐々に感性が開いていきました。

感性を活発にオープンにするとは、眠りから覚めるようなものです。音楽の中に居続ける、ということはあらゆる神経を研ぎ澄ませておかなければいけません。

初めてのコーチングでは、まさにこの新感覚を味わった順子さんでした。

さて、活き活きとした音楽が自分の中に感じられる体験をしたところで、ここからがようやく本題です。その音楽をどのように表現していくのか。

そのために必要なこととは、情景を思い浮かべることでも、情感を呼び起こすことでもありません。表現を可能にするのは技術です。技術がなければどれだけ音楽を感じることができても、それをカタチにすることはできません。

『毎日レッスンに来なさい。ひとりで練習する時間は今の君には必要ない。』

リサイタルまでの限られた時間を少しでも無駄に過ごさないためにと、その日以来、順子さんはイリヤンから毎日レッスンに来ることを言い渡されました。

その言葉通り毎日レッスンに来て、私と一緒に発声練習をして曲の中で技術練習をする、というのが通常になっていた、そんなある朝、順子さんからこんなLINEが届きました。

『先生、娘が高熱を出しているので今日はレッスンをキャンセルさせて下さい。』と。

すかさずイリヤンはこう言いました。

『たとえ今日が娘の結婚式当日だったとしてもレッスンに来なさい。今の君にレッスンを休んで良い理由などひとつもない。』と。

順子さんは結局遅れてその日もレッスンにやって来ました。

リサイタル本番へ向けて、ようやくグッと高まってきた熱を、今ここで一瞬でも冷ましてはいけない。鉄は熱いうちに打たなければいけない。今このタイミングを逃してはいけない。

イリヤンにはそんな思いがあったようです。

順子さんの中には、子どもたちのことよりも自分の歌を優先させることにためらいがあったのかもしれません。けれども、ここまで熱中して音楽に身を捧げられるチャンスだって、滅多とやって来るものではありません。

イリヤンや私の強い言葉に背中を押されながら、やるしかない、と順子さんの中で覚悟が決まったように見えました。

『今日の限界を知りなさい。

君は本当の努力をしていない。

毎日自分の限界を知るところまで努力しなさい。良い感覚が掴めたらそこに居続けようとするんじゃなくて、さらにそれを発展させなさい。

MORE MORE!!  PUSH PUSH!! 』

レッスンで毎日のように順子さんが言われていたことです。

自分の中に大きなエネルギーの循環を生み出し続けるためには、技術はもちろん、それを保持するための持久力が必要です。

『限界値を広げなさい。できるところまでストレッチしなさい。やり過ぎたらあとで抑えれば良いだけなんだから。でも小さくまとめるように歌っていたら、あとでそれを広げることはできないんだからね。』

ここからさらなる限界突破へ向けて、レッスンは続いていきます。

その様子はまた次回書いていきます。

VOCAL RECITAL
JUNKO KOTAKE,SOPRNO
MASUMI NAGAYA,PIANO

日時:5月25(木)、26(金)、6月2日(金)各日17時半開演
場所:
新渓園 倉敷美観地区、大原美術館の奥です。
無料ですので、是非応援にいらして下さいね!

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