あの頃生まれた子はもう成人なの…ウェッサーイ


私は知っている。ウエストサイド。
なんならウェッサーイと言いたい位だ。
でもタイトルみて「ああ。映画の方かな?」って一瞬。(見に行きてえ!ウエストサイドストーリー!!)
2000年代初頭、我、中学生時代。
当時お笑いは今ほど盛り上がってなく、好きになった何なのかキッカケかは忘れた。
ラーメンズ好きな友人が居たからか。
中学生は深夜番組を見るのがステイタス。だったような気がする。
まだギリギリ「トゥナイト2」とかあったしね😗
週末の夜に見るものの1つ。
それは「爆笑オンエアバトル」だった。
それを見始めてから漫才やコントをちゃんと見るようになった。
私自身、父が寄席が好きなため鈴本演芸場などに行く機会がよくあった。ただし出てくる漫才コンビというのは殆どが笑点も普通に出る超ベテランなのである。(今はどうだろ?当時は)
若手漫才師のネタを積極的に見るというのが新鮮。
あのボールを流してみたい。
怖いけどバケツを持って計量してみたい。
いつの間にか虜になり、周りも見始めていた。
週明けにオンエアされたコンビやネタについて語る女子中学生というのもなかなかオツであろうか。(ちゃんとあいのりとかの話もしてたよ!キャピっ)
そう、兎にも角にもお笑いが生活のベースになったのだ。そんな私に転機が訪れる。
スカパーに加入しようとする父の動きを察知した。
父は日本映画チャンネルのために入ろうとしていた。
そこに私がゴリ押しして月700円、何卒よしもとファンダンゴTVもお願いしますと直訴(父は吉本が嫌い)。
渋々契約してもらった。
前置き長い。そこで知ったウエストサイド。歌い踊る若手漫才師たち。
東北の田舎にいる自分は、NHKでなんとかお笑いを賄っていたのがCSチャンネルを知ってしまった。
単独ライブというものも初めて知った。
ルミネtheよしもとが聖地に思えた。
(なお大学で上京して新宿で常に飲んだくれて、ルミネで買い物こそするもののルミネtheよしもとに見に行くのは就職してからだった。)
baseよしもとが憧れだった。
群馬県が鶴舞う形だということも教えてくれた。
時折流れる藤井隆の曲に酔いしれた。
当然ウエストサイドのライブも放送していた。勿論友人たちにも布教した。(当時キンコンがオンバト然りゴリゴリに来ていたのもあった)
なんなら今でも歌える。多分、踊れる。ラップ部分も歌える。
イーストサイドの人間だからウエストサイドはそういう考えなのかと歌詞を通して学んだ。
大学なんてほとんど知らないのに東北大出の担任に「京大って凄いんだよね?」って聞きまくっていた。
担任は今や教頭となっている。

そうか20年。
年齢だけ見れば私なんて中学生からまぁまぁいい大人だけどまたまだヒヨっ子なわけだが。
ビデオ探せば録画したのをまだ見れるのかもしれない。
懐かしい響きすぎてついつい書いてしまった。

特にオチはないよ!

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