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『泡沫唄《あわうた》 ―木偶《デコ》と瞼―』 

以下は、今はなき阿波しらさぎ文学賞に試しに出すために、拙作映画『あわうた』を掌編文学化したものであーる。映画中では脇役の幸治目線で書いたものだが、いかんせん15000字という縛りで中途半端な作品となった。わかっちゃいる、わかっちゃいるが関の山。そう、見事に落選したが、せっかくなんでひと目に触れるところにおいておく。

 やはり残り湯に温味などない。震える手で次から次へと扉を開ければ寒気のみ這い出てくる。世間にひた隠しにし通した臍帯《きずな》は、あの女に八つ裂かれた。吹けば飛ぶような身のせめてもの縁《よすが》とでも云うか、身も蓋もなく言ってしまえば、「母」そのものとして密かに接してきたこの美しい鏡台が、見るも無残に穢されてしまったのだ。古《いにしえ》に落ち遁れし平氏の裔の証左である中陰揚羽蝶紋《ちゅうかげあげはちょうもん》をてんでにあしらった抽斗という抽斗が開けっ広げられ、中を見れば乱雑に弄くり回された痕もある。一々の配置を寸分違わず丹念に整え、埃一つ残さぬよう日々磨いてきたものだから見間違える筈もない。上から二つ目の抽斗の、臍繰《へそくり》を詰めこんだ巾着も、無数の青海波《せいがいは》で扇面を彩った形見の扇子も跡形もない。舐め回したくなる程の黄褐色の天板には、煙草の灰や乾いた飛沫が散っている。畳の上に置き残された一輪の椿の花は何時しか萎れてしまっており、季節外れの羽虫が一匹、しつこくそれにたかっていた。
 平本幸治は打捨てられた木偶人形《デコ》のように
鏡台横にへたり込むと、揺すれるカーテンの向うから次第に耳朶の裡に入りこむ音という音―サイレン、電動鋸、間抜けな鳩、幼兒の笑い声、誰かが叩く木魚、烏、町内放送、犬の遠吠え、塀の外に止めた自転車が突風に薙ぎ倒される音―等に是非もなく聴き入った。辺り一帯が急に暗くなり、男の姿も闇にのまれてしまったが、どうやら全身を震わせて、音もなく笑っているようであった。
 
 女を河原で拾ったのは月曜日の朝であった。秋田町の一隅にある「バー三郎」はその前夜も客足疎らで、平本はいつもと変わらぬ店台《カウンター》の中で煙草を咥えて茫然《ぼんやり》と窓外を眺め、黒だまりのような人々で弛《たゆ》まぬ賑わいを魅せていた遠き日々の事を想っていた。思いがけず夢毀《やぶ》れ、彼は故郷に舞い戻った。持て余した暇を潰すため、母の弟で酷い肥満体の藪睨みであった叔父政夫の酒店《バー》を手伝いはじめた。それから丁度半年が過ぎたばかりのとある松の内の夕べ、飾り熊手を針金で壁の釘に括っていた政夫が突然「背中が痛い」と喚きだした。どうにも痛みが収まらぬ様子で、慌てて自動車《タクシー》を呼んで病院に連れて行ったが、政夫はそのままあっさり死んでしまった。泣きじゃくる叔母の嗄声《しゃがれごえ》に乞われるまま店をそっくり譲り受けてから、疾いもので九年になる。
 常連の戯言にも飽き、やるかたなく薄い文庫本の文字列にまどろむ双眸を這わせる。日付変わって不意に闖入してきた酔客たちの叶うべくもない絵空事や情事の開陳にもほとほと疲れ、問答無用と昇降機《エレベーター》の中に押し込んだ。椅子を並べて少しだけ横になったが、やはり毫も眠くはならない。天窓が朝日に白んできたのを合図に軽く便所と客席の掃除を済ませ、女物の外套を羽織って諸々を施錠し、階下に停めた自転車に跨ると、薄ら赤い路上を痩躯を繰って走り出した。
 青石で所々を斑に粧われた佐古川に沿って所狭しと古い商店が立ち並んでいる。それを貫く狭隘な路を、通勤通学に逸る車列を鼻先で躱《かわ》しながら進み、眉山北端斜面にしがみつくように鎮座する諏訪神社の石段を斜めになって登った。神前で柏手を二度打つ。頭を下げると白洟がたれた。それを啜って鳥居の真下に立ち、いつものように長閑《のどか》な町を矯《た》めつ眇《すが》めつ見下ろした。淡い朝焼けの下であれば、鄙びて黴臭いこの町も少しはましに見える。更に見据えれば町を縫うように数本の川が流れているのが分かった。見る事は、彼にとっては一種の背徳行為であった。視座が高ければ高いほどその感興は増した。川を見て、不意に政夫の言葉が脳裏に過り谺する。
「男女二神によって忝なくも産み落とされました四国島は、一身四面の神であるとされておりまして、その右側の一角が穀物の神と崇められます大宜都比売命《おおげつひめのみこと》様、即ち吾が徳島県であります。大宜都比売様は、天照大御神《あまてらすおおみのかみ》そのものであられると云う驚くべき説もございます」と政夫は、足繁く通ってくる老宮司の口上をそのまま受売りし、県外の客を掴まえては口角泡を飛ばして吹聴したものだった。
 空の上から見下ろせば、その女神の額を躊躇なく一文字に割ったような吉野川が滔々と流れている。この比喩を続けるならば眉山は、額の下の左目(眉を目と喩うのも奇妙な事であるが)にでも当たるであろう。悉《つぶさ》に見れば、目を覆う瞼の端々は蛇行する大小の河川によって無惨にも抉られており、その裂けた傷口を縫合するかのように幾多の橋が架けられている。平本が佇む鳥居下はさしずめ上睫毛にでも当るだろうか。彼の毎日はこの瞼の上を只管《ひたすら》行き来しているだけとも云えた。いや彼だけではない。この左瞼の周辺に、無数の人々が殊更に寄り添い合って犇《ひし》めいている。
 時間が許せば未だ見ぬ景観を求めて遠近《おちこち》を徘徊《さんぽ》するのが彼の唯一の趣味であった。腐臭のする水面に集《すだ》った鴎たちが遊覧船に急き立てられ宛もなく逃げ惑う三ツ合橋からの眺めや、方々で出会う面壁する達磨の如き白鷺の姿は、いつまででも倦まずに見ていられた。盆になると眉山山頂の恋人《アベック》たちに交じって点描画の如く煌めく遥か彼方の演舞場を見詰め、やがて聴こえてくる地響きのような太鼓や鐘の音に聴き入るのが常であった。又、二月に一度はとあるビルの屋上にこっそりと登り、大きな室外機の上に立って眉山の中腹を睨み、そこにあった筈のものを思い浮かべもした。
「山の中腹にはね、大きな三重塔が聳え立っていたの」と、二階の小部屋の窓を開け彼方に見える茜色の山を指差して母が囁いた日の事を彼はよく覚えている。記憶を繋ぎ止めたい一心で、透明なアクリル板に油性ペンで稚拙な三重塔を描き視界に重ねてみた事もある。
 町を歩けば歩く度、この町がひらたい書割であるかのように彼は感じた。――ここでは皆が一律に、傀儡師《はこまわし》に操られる木偶人形《デコ》のように捕縛されており、事ある毎に夢現に踊り出すよう、時間をかけて調教される。次第に踊る事が皆目愉快になり、終いには人生の目的にすらなる。恐らくそれは純然たる幸福だ。だがこの書割は完璧ではない。一箇所だが、小さな穴が空いている。気づいて覗いてしまえば悲しいかな、先には只々空虚があるのみ。それに耐えかねれば、かつての自分のようにここを出て行くしかない。だが今は、傀儡師《はこまわし》の呪縛から逃がれようとも、向う側を覗こうとも思わぬ。その空虚なひらたさに、俺は無性に安らいでしまうのだ、と彼は思った。

 休みなので、思い切って鮎喰川《あくいがわ》を越え国府の先まで足を伸ばす事にした。馴染のリサイクルショップを冷やかしに行くのもいいし、名もなき山に登って土器の欠片の一つでも探してみるのもいい。時折粉雪の交じる、肌を突き刺すような寒風に逆らって国体道路をひた走り、やがて上鮎喰橋に差し掛かった。間延びした橋の中央で自転車を止めると、眼下の極端に水量の少ない川の異様さがどうにも目についた。河原はまるで腸《はらわた》を剥きだしたかのような奇態を見せ、細い数本の筋から雀の涙程の水が流れている。丁度その筋が合流する場所に蜷局《とぐろ》を巻いた大蛇のような、何やら異様なものがあった。それは流された石や流木が幾重にも堆積して出来た墳《つか》のようなもので、その一端に何やら光る物がある。よく見るとそれはスーツケースであった。怪訝に思い周辺を見渡すと、少し離れた場所に、着物姿の小柄な女の俯せの死体があった。面倒なので犬を連れた散歩者でもやってきてはくれぬかと待ってみたが周囲に人影一つない。仕方なしに河原へと降りる道を探し、自転車を停めて土手を下った。枯木に絡まる黒いビニール袋の切れはしが突風に吹かれてはためき、寒さで赤くなった平本の鼻先を撫でるように叩いた。砂利を踏み、枯萱を掻き分けて女の方へと向かうと思わず足が竦み膝が笑った。
 死顔は美しくも醜くもなかった。凍えた土気色の短い指を小枝で突いてみると、僅かに手応えがある。唇からは微かに息も漏れていた。平本は安堵したのか一度に力が抜け、白髪交じりの長髪を掻き上げた。こんな場所で倒れているからには何か碌でもない理由があるに相違ない。彼は蔑むように女を見た。咄嗟に頬を叩いてみたが女は微動だにしない。強風に抗うように「大丈夫か」と柄にもなく声を張り上げ連呼し、何度も何度も強く頬を叩くと、女は酷く咳き込んだ。悲痛な顔でもぞもぞと呻いているので、何か言いたいのかと固唾を呑んで待ってみたが、女は目をひっくり返し「お風呂」と素っ頓狂に言った。馬鹿馬鹿しくなり途端に興味をなくしてしまったが、必死の形相を浮かべ女は尚も腕をのばしてくる。さすがの彼も、これには幾分憐れに思った。あちこちに飛び散らばった衣服類や墳《つか》に突き刺さったスーツケース等を掻き集め、倒れんばかりにふらつく女を引き摺って、やっとの事で自転車の荷台に乗せた。勾配に苦心しながら幾度もよろめき、鈍重な踏板《ペダル》を踏みつけ幾つもの橋を渡る。煉瓦作りの塀をくぐって、その先の暗がりの中にある廃墟のような自宅へと戻った。この塀は、かつてここにあった巨大な軍需工場の唯一焼け遺った外壁部分であるのだが、今やそれを知る者は極々僅かである。塀の下の小さな庭に、卑猥にも思える椿の花が赤々と咲きこぼれていた。
 動けぬのか面倒なのか、女はだらしなく廊下に伏せった。平本は袖を捲って湯を張り、慣れぬ手つきで着物を脱がしていった。襦袢を捲ると、心臓あたりに拙劣な不死鳥の刺青が見えた。丸裸にし、湯の温味を確かめてから女をそこに沈める。細身ではあるが兎に角人間一人分の重量はある。困憊し切って目が眩んだ。煙草を咥えて硝子戸の隙間を少しだけ開け、洗濯機の縁《へり》に凭れながら湯の中の女を時折監視するように見た。呆けた面を晒した女は長い吐息を漏らし、僅かに目だけを動かして「私、弓子」と名乗った。汚れた足袋や下着などを洗ってやり、着物や外套は泥棒草を払ってから衣紋掛《ハンガー》にかけた。先程までのひしゃげた姿が嘘のように、女はみるみる生気を取戻したようで、嬉々として「ホンカイナ、ホンカイナ」等と何かの民謡を口ずさみ、湯の表面をペチペチと叩いて拍子を取った。
 女は裸体を隠そうともせず風呂場からでてきた。差し出したタオルと服の上下とをにべもなく掴む女に寝台《ベッド》で寝るよう促すと、大人しく従って即座《すぐ》に寝息を立て始めたのには惘《あき》れた。彼は空腹を感じ、塀の向こう側にある潰れかけた商店《スーパー》で弁当を二つ買った。戻って寝室を覗くと女は鼾をかいて深々と眠りこけている。強い酒で無理矢理流しながら弁当を平らげ、少しだけ眠る事にした。音を立てぬようそっと寝室の戸を開き、忍び足で毛布を掴む。すると「こっちへ来て」と云う女の声がする。それを無視して戸を閉めようとすると、「あけといて」と更に乞う。言う通りにしてやり、台所の電気を消して長椅子で横になった。静寂が戻るのを待って目を閉じると、毛布の中へ女が躊躇《ためら》いもなく潜り込んできた。ぬっと寄せてきた女の口は饐《す》えたような臭いがし、平本はそっぽを向いて眠った。
 うっかり寝すぎてしまったようで時計は既に十三時半を回っていた。女も横で鼾をたてて眠っている。絡まった長い髪の毛が数本浮かぶ湯船の栓を抜き、烏の行水で風呂からあがると、女は冷めた弁当の揚げ物をうまそうに口に運んでおり、彼を見て俄に喉を詰まらせたようであった。手早く身支度を終え、二階へと続く扉の鍵がしっかり閉まっているのを確認し、「ここは絶対上がるなよ」と女に念を押した。これ以上顔を合わるのも億劫で(何時でも女が出ていけるよう玄関の鍵は開けたままにして)彼は家を後にした。
 方々で時間を潰し店を早目に開け、騒ぐ客たちを尻目に何度も読んだ文庫本に顔を埋める。十分に明るくなるのを待って店を閉め、家に戻った。玄関の扉を空ける。女の草履が三和土《たたき》の上にある。扉を開ける。女は台所に立ち、切れぬ包丁で小さな鯛を捌いている。平本は苦笑した。どうせすぐには寝むれぬ事であるし、女の冗長な身の上話に耳を傾けた。
 弓子と名乗るその女は、かつて東京赤坂の芸者であったと云う。諸事情あって鳴門の叔母の家に暫く身を寄せていたが、日増しに増える雑事に嫌気が差し、富田町の芸者にでもなろうかと叔母の外出を待って外に飛びだした。飛ぶ鳥を追って汽車に乗り、終点の駅で降りた。喉の渇きに耐えかね料理屋に入ると、そこで偶然居合わせた見知らぬ男と親しくなる。誘われるまま車に乗り、事に及んだ。目を覚ますとその男に刃物で脅されて、身ぐるみ剥がされ放り出された。怒りに任せ河原を彷徨《ほっつき》歩いて、いつしか気を失ってしまったのだと、女は虚空を見詰めながら語った。
 聞いて憐れになった訳でもないが、どうしようかと困っているので、女を誘い町に出た。自転車の荷台にしおらしく腰掛けて、女はぎゅっと彼の腰にしがみついてくる。新町で服等を買ってやるとその御礼とでも云うかのように、女は来る日も来る日も三度の飯を作り、甲斐甲斐しく隅々に至るまで家を掃除した。日に一度は長々と風呂に浴《つか》り、例の耳慣れぬ民謡を歌った。どうやらそれは、年暮になると何処からか湧いたように家々に門前にやって来た門付芸人《こつじき》達を意味する『節季候《せきぞろ》』という名の古い唄で、かつて小松島弁天近くの松原に悠然と屹立していた烏帽子岩と云う巨岩の姿や、かの九郎判官義経と、愛妾静御前との朝な夕なの情事を幾分卑猥に謡い染め、女誑しの藍商人が津々浦々の色里に大流行《おおはやり》させたものだと云う。
「小さい時に叔母から叩き込まれたものが、なぜか今になって口をついてしまうのよね」と言って、弓子はけらけらと笑った。
 二人して彼方此方《あちこち》を歩いた。例のビルや眉山の上、橋巡り等にも連れ出した。時を気にせず無駄話に嵩じ、笑う事を初めて覚えた赤児のように腹を抱えて笑い合った。
 
 逢魔時《ゆうぐれ》になり平本はいつものように仕事に出掛ける支度をした。「一緒に行くか」と訊ねると、弓子は硝子戸の中で「生理だからやめとく」と湯水を手で掬いながら言った。
 その日は丁度旧正月にあたる為か、店は珍しく賑わいを見せた。店台席《カウンター》に陣取った常連達は平本がまるで別人だとか、この色男が等と口々に揶揄《からか》い、野卑な声を立てて嗤った。
 店を閉め、自転車を漕ぐ。幾つもの橋を渡って家に戻る。すると、三和土にある筈の草履がない。目を凝らす。二階へと続く扉が開け放たれている。恐る恐る這うように上がる。よく見ると鏡台のある部屋の中央で、丁度闇の奥から産まれたばかりのような、血のようにひた赤い椿の花がぽつんと置かれていた。
 
 後日、阿波踊りの乱痴気騒ぎの渦の中、男が店へと向かう折、乱舞する艶やかな白塗りの芸妓達に交って貧相な女が愛想笑いを浮かべて踊っているのを見かけたが、それが弓子であったかどうかは定かではない。  

おしまい。

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