捨てられない。

五年くらい着ているコートがいよいよ寿命を迎えている。あちこちが破け始めていて、染み込んだタバコの臭いが毎朝僕を包む。
「さすがに今年はコートを買おうかな」ともう二年くらい言っているのに、中々出会いがなくて-出会おうとしていないのかもしれないけど-寒さを凌ぐために今日も同じコートを羽織る。

新しいコートを買えないのには他の理由もある。意外と思い出が詰まっている気がして、中々別れを告げられない。
このコートでかなり色んなところに行ったな。日本全国とまでは言わないまでも、南は九州、北は北海道までこのコートで過ごした。

大学時代に使っていた鞄も捨てられない。普通にボロボロなんだから捨てればいいのに。
靴も捨て時が分からなくて、もう本当にボロボロなのに。
物はたくさん溜まっていくのに思い出は遠く消えていくばかりで、まるでそれを失いたくないかのように古いものを溜め込んでいる。母方の祖父もそうだったらしい、と聞いたけど彼は僕が生まれる前にはもういなかったので真実かどうかは知る由もない。

分かっているんだ。きっと捨てたら捨てたでどうにかなる。僕だって今まで何も捨てた事がないわけじゃない。だから多分しばらくしたら忘れて、たまに写真を見返して「あー、このコートずっと着てたね笑」と言うくらいでいいんだと思うんだけど。

分かっているのにできないのは今に始まった事じゃないから別にいいんだけどさ。今年は流石に宣言しよう。「新しいコートを買います」

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