【小説】偽幸の追求:「発端」part2

 ある日いつもの様に一緒に帰っていると
急にバケツをひっくり返した様な
夕立が降り出してきた。

「すっごい…だね!!」
「すごい何?!!」
「雨すごいね!!」
「そうだね!!」
「〈ーー君〉!とりあえず着いてきて!」
「え! うん!」

何が何だかわからず
雨の打ち付ける中
無我夢中で彼女の背を追っていく

少しずつ足の疲労も相まって走れなくなってきた

酸欠で目も霞み出した頃
目の前の背中はピタリと止まった

「はぁはぁ…

 ふぅ

 ここ春ちゃん家?」
「そう! とりあえず体拭こっか」
「うん、いいの入って?」
「今日はお父さんいないから大丈夫だよ」
「そっか」

「タオル持ってくるからちょっとまってて」
「はーい」

気のない返事が響いて、少しおかしかった。
無我夢中で走っていた為気が付かなかったが
かなり大きな一軒家らしい。
玄関がやけに広く大理石の床が上品さを訴えてきた。
靴の棚や、床の隅にはホコリが溜まっており
冬用の革手袋も置かれたままになっていて
棚の上には写真たてが倒れていた。

「お待たせー」 
彼女はTシャツにスウェットとラフな格好に着替えていた。
「私のでよければこれに着替えて」
「ありがとう」

もらったタオルは嗅ぎ慣れた柔軟剤特有の
柔らかい匂いがした。

「もしかして…柔軟剤って
 ⦅サンライズ⦆のオレンジ使ってる?」
「うん使ってるよ」
「うちとおんなじのだ」
「そうなんだ! 何だか嬉しいな」
「そうだね」

一通り拭き終わり、彼女の衣服に身を包んだ。
廊下の突き当たりに扉を開けるとリビングに着いた。
やけに生活感がない異様な光景が広がっていた。
家具にはうっすらとホコリが被り
まるである時から時間が止まっている様に感じられた。

彼女はコップにペットボトルのお茶を入れて渡してくれた。

「〈ーー君〉何食べたい?レトルトしかないけど」
「なんでもいいよ、最近のレトルトは美味しいし」
「じゃあこの⦅帝国ホテルの熟成カレー⦆にしよ
 2つ入ってるから、私も食べれるし」
「じゃあお願いしようかな」
「うん!」

何だか彼女は嬉しそうだった。
この前のカミングアウトを聞いても
僕の態度が変わらなかったからだろうか
リビングを再度見てみると
どうやら一部だけ生活感があった。
今僕が腰掛けている
4脚の椅子と腰ぐらいの高さのあるログテーブル
のみである。
キッチンにもゴミ以外には料理をしているという
気配は感じられなかった。

「おまたせ」
「いい匂いだね」

『いただきます』

たまたま同時に声を発し、彼女はまた微笑んだ。
お互い黙々とカレーを口に運ぶ
スプーンが皿を擦る音と時々コップを置く音だけが響く。
あっという間にお互いの皿はまっさらになった。

「思った5倍は美味しかったな」
「いいや、10倍は美味しかったよ!」
「10倍? それは大袈裟なん…」
僕を遮る様に彼女は目を見て言った 
「〈ーー君〉と食べるからだよ」
「そっか、うん」

お皿の片付けをしているとふとゴミ袋に目が止まった
「割れた瓶は新聞紙に包まないと袋が破れちゃうよ」
「あ、またお父さん…ありがとう、あとでやっとくね」

片付けが済み窓に目をやると
未だに雨が窓を叩きつけていた。

「夕立だと思ったら本降りになっちゃったね」
「うん、当分帰れそうにもないな」
「とりあえず部屋いこっか」
「うん」

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