見出し画像

漂流(第四章④)

第四章

4.
美代子が亡くなって、暫くは何もする気が起きなかった。母の死から自らの裁判と降りかかる災厄を自虐的に捉え、流される様に生きてきた。しかし母の死の真相を知る事で昔の活力が戻ってきた。それをエネルギーに復讐だけを考え生きてきた。それなのに最後は呆気ないものに終わり、それを支え続けてくれた美代子もこの世を去った。もう自分は何の為に生きれば良いのだろう?それに対する答えを見い出せず、抜け殻の様に生活していた。聡子の事がほんの少し過ぎった。しかし直ぐに何処かへ行った。

美代子が亡くなって半年が過ぎた頃、いつもの様に公園のベンチで微睡んでいると男が少し離れて横に座った。
「北村光男さんですね?」
自分より少し年上か?初老の男性だった。髪に白いものが少し混じり、それをオールバックで整えている。とてもダンディな印象を受けた。
「そうですが……貴方は?」
「早川聡子さん、最近お会いしましたか?」
それには直接答えず、男は正面を見据えたまま質問で返した。
「聡子の知り合いですか?彼女に何かありましたか?」
男の意図が分からず、光男はやや不安を覚えた。
「少し込み入った話になります。場所を変えませんか?」
そう言うと男は立ち上がり右手で光男を促す動きを見せた。それに釣られる様に男の後に従う。公園の外に出るとタクシーが停まっていた。男は迷わずそれに乗り込むと中で光男を待ち構える。当然の様に光男はそれに応じた。

タクシーが停まったのは見覚えのあるビルの前だった。いや忘れる筈もなかった。秋山や聡子がいた事務所のあるビルだ。自分の人生を変えたビルと言っても良い。裁判での勝利と母の死の真相。まさに天国から地獄に落とされた場所でもある。この男はそれも知っているのか?
「あんた一体何者だ?」
光男は苛立ちを隠せない。
「北村さん、落ち着いてください。ちゃんと事情は話します。」
そう言ってビル内に入っていく。そして正面に二つ並ぶエレベーターの右側に乗り込んだ。休日なので全く人の気配はなかった。エレベーターは20階で止まり、男はそこで降りた。光男もそれに続く。
「ここはご存じですよね?」
忘れもしない。秋山の事務所があった場所だ。まさか?
「あんた秋山の事務所の……」
男は笑みを浮かべながら、
「やっと気付いてくれましたか。宮本です。」
思い出した。聡子と最後に過ごした日、ニュースで流れた映像が思い出される。聡子が全て終わったと言ったあの日の、違和感を今でも忘れない。
「聡子さんを救って欲しいのです。貴方にしか出来ない……。」
宮本の表情からは、もう笑みは消えていた。


第四章➄に続く


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?