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漂流(第三章②)

第三章

2.
記録的猛暑という言葉が使われ始めて久しいが、この年ほどそれを実感した事はない。昭和から平成になり、人々が浮かれ切っていた時代から、失われた十年を取り戻そうと皆が必死になって何かを掴もうとしても何も無い事に気づき、しかしそれを認められず日々を胡麻化して生きる事で人々が折り合いをつけていた時代へ。北村光男もその真っ只中にいた。大人達が飲み食い散らかした宴の後始末を何も知らずに行ってきた人生。それで良いと思って歩いてきた。しかしその宴が、まさか自分のカネで行われていたとしたら?俺にはそれを取り返す権利がある。そしてその罪を確実に裁かねばならない。この十数年は、まさにそうやって生きてきた。俺から大切なものを奪い、何食わぬ顔で人生を謳歌している奴らに天罰を下す。必ずこの手で。
あの裁判の後、聡子の事務所を再訪問した際に聞いてしまった真実。いや、あの時点ではまだ疑惑でしかなかった。しかし俺は真実が知りたかった。俺の母親は轢き逃げ事故により死亡した。その犯人はまだ捕まっていない。勿論犯人は許せない。でも半ば諦めていた。自分の素行のせいだと思っていたから。しかしそれがまさか自分の身近な人間で、直ぐ近くで笑って隠れていたんだとしたら?許せる筈がない。あの夜に何があったのか?誰が俺の母親を轢き殺し、どのような経緯でそれは隠蔽されたのか?必ず突き止めてやろうと思った。だが捜索は難航した。聡子の父親は警察官僚だ。素人ではその尻尾さえも掴めない。秋山と聡子はどう関わったのか?調べるのにここまでの時間を要してしまった。聡子に聞けば早かったのかもしれない。でもどうしても聞けなかった。怖かったから… そこで美代子に全てを話した。その上で協力を求めた。彼女は快く引き受けてくれた。いや本当は嫌だったのかもしれない。彼女の俺への気持ちを利用した事は否定しない。そして漸く全てを明らかにする事が出来た。
“ ごめん。ここから先は俺一人でやる。今まで本当に有難う。”
そう置き手紙を残して、俺は美代子のもとを去った。そして今日、全てを終わらせる。俺の母親を轢き殺した犯人、早川慎太郎の処刑を行う。
都心からかなり離れた郊外の大規模病院。その緩和ケア病棟に奴は入院している。既に警察官僚は定年退職し、これから悠々自適に暮らそうとした矢先の末期ガン発見だったらしい。間に合って良かった。病気でなんて死なせない。この俺が始末する。真っ白な白い巨塔を見上げ光男は、流れ落ちる額からの汗を手の甲で拭い取った。




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