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漂流(終章①)

終章

1.

宮本の告白や宇佐美の計画を知った事により、聡子の決断が早まったのは確かだ。光男を巻き込んではいけない。何せこの思いが強かった。彼から母親を奪ってしまった。その事が今も尚、聡子を苦しませる。だからせめて、光男を面倒な事からは遠ざけたかった。その為なら、手段は選ばない。
宇佐美の考えは分かっている。光男を手元に置いて、聡子が公安の所業を白日の下に晒す事を防ごうとしているのだ。既に父の慎太郎や秋山はこの世にはいない。聡子さえ黙っていれば、公安の失態は全て無かった事に出来る。そんな事はさせない。光男の母親の為にも、必ず全てを暴いて見せる。その為には……。
聡子はどのようにして宇佐美を封じるか?それをずっと考えていた。そして漸く、計画を実行する準備が整ったのだ。

「宮本さん、私、どうしても納得がいかないの。」

犯罪被害者の会に出席して以降、聡子は都心に留まった。勿論、宇佐美の件を片付ける為だ。そしてやはりそれには、この男の協力は欠かせない。

「宇佐美の件かな?それなら諦める様に先日話した筈だが……。」

予想通りの答えが返る。そして聡子は想定していた文言を彼に伝える。

「公安が私に接触してきたの。」

嘘だった。しかしその効果は予想以上だった。宮本は驚愕の表情を見せている。少しだけ後悔の念が聡子の胸を過ぎった。

「いつ?」

宮本は何とか絞り出す様に尋ねた。

「一昨日よ。やはり宇佐美は私の口を封じたいのね。」

混乱しているのか、宮本はそれ以上何も訪ねて来なかった。この機に乗じて聡子は、自らの計画を宮本に告げた。それは本来であれば余りにも無謀な計画だった。しかし宮本はもう何も言わなかった。それだけ公安の聡子への接触は意外だったのだろう。
光男を守る為なら何でもする。改めて決意を固め、聡子は計画について宮本に詳細の説明を始めた。

午後六時を過ぎた。都心の雑踏に揉まれながら、聡子は滞在先のホテルに向かっていた。やはり慣れない。北海道の地方都市に住む聡子にとって、此処は住む所ではない。人の多さだけで普段の数倍は疲れてしまう。もっと若ければ楽しむ事も出来るかもしれないが……。いつの間にか夕闇が近づいた都会の喧騒を眺め、聡子はそれを自らの人生と重ねた。
部屋に戻ると急激に眩暈が襲ってきた。最近このような事がよくある。それから追いかける様にして記憶が曖昧になっていく。もう長い事、聡子を苦しめている症状だ。しかも少しずつ進行している様にも思う。もうあまり時間はないのかも?急がねばならない。聡子はスマホを取り出し、宮本の電話番号をタップした。


終章②へ続く



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