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忘れられないコラム


大阪に住む私は東日本大震災の後、毎日、新聞で悲惨な光景や写真を見ていました。

人間の嵯峨なのか、悲しい現状も確認してしまう日々が続いていました。
しばらくすると被害にあった方たちのコラムがたくさん載り始めました。胸が切なくなる話や、前向きに生きていく方の話。たくさん読みました。大事な人が急にいなくなる現実に息ができないほど涙した記事もありました。

その中で私は今も大切に持っている記事の切り抜きがあります。見ず知らずの女性のコラムです。

引用させていただきます。

「地震のあと、夫と5日間連絡が取れなかった。周りの人がだんだん彼の話をしなくなって、夜になると涙が出た。もうだめかなと思ったときに帰ってきてくれて本当にうれしかった。いまはただ、いてくれるだけでうれしい。4月6日は私の誕生日。夫は配給でもらったメロンパンを『はい、プレゼント』とくれて、二人で笑った。毎朝『気をつけて。いってらっしゃい』と心から言う」。

当時32歳の女性の笑顔の写真とこの記事が載っていました。

この記事が未だに私の心に残っているかというと、最後の

【毎朝『気をつけて。いってらっしゃい』と心から言う】

この『心から言う』という言葉にとても胸が熱くなり、「良かった!ほんとに良かった!」と会ったこともないこの方のご主人の無事を本当に喜びました。何気ない短い言葉ですが、すべての想いと愛情を感じ暫く泣いていたのを思い出します。

当日私の夫は東京に出張していました。大阪でこれだけ揺れたのだから東京にいる主人の事が心配で不安で繋がらない電話を何回も何回もかけていたことを思い出します。幸い夕方に繋がり無事であることがわかりホッとしていました。

結婚当初私達は本当に仲が良く。いつも一緒に行動し。なんとなく微笑ましいカップルに見えていたらしく、周りの方々に温かく見守られていました。しかし震災当時はすでに結婚10年くらい経っており、新婚さんのような関係ではなくなっていました。それなりにかかあ天下風も吹かせ、夫の行動に不平不満を漏らすようにもなっていました。

喧嘩の後腹立たしくて見送らなかったことが幾度もありました。もちろん今でもあります。でもこの記事は必ず私の記憶を呼び起こし出かけたあとに後悔します。「このまま別れることになったら・・・」喧嘩を仕掛けたくせに胸が苦しくなって、無事で帰ってきてと勝手に焦りだします。

今はもう結婚20年以上経っていますがいつ何が起こるかわからない時代、最後に思い出すときに酷い言葉では後悔してもしきれません。悲しすぎます。できる限り仲直りをして見送るように心がけています。お互い後悔しない人生を送るためこの方の記事はいつまでも大事に持っていたいと思います。

そして、この会ったこともないこの御夫妻が今もこれからも仲良く幸せに暮らしていかれることを心から願っています。

#それぞれの10年

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