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大家という稼業(漏水は愉しい)

 不動産賃貸業がうまくいっている時というのは退屈なものである。
 もう4年ほど前になるだろうか。コロナが日本に上陸して流行り始めた頃だった。すっかり人と会う機会もなくなり、引っ越し(退去)もなくなったことで、ただの満室経営が続いて退屈と虚しさが極まっていた。そんな時に保有するアパートが漏水を起こした。

 まるでプールのように床下に水が溜まってしまっていて、原因もわからないので調査をするために1階の住人4名には引っ越し費用を払ってでも転居をお願いすることになった。お願いしたらすぐに転居してくれるだろうか。法外な引っ越し代を請求されたりしないだろうか。そもそも漏水の原因はなんだろうか。一体どれだけの損失になるのか。そのようなことを考えながらトラブルに向き合うことで少し高揚感が芽生えている自分がいた。

 便利屋をやっている友達の太郎ちゃんに声をかけ(なお彼はいまは便利屋を廃業して、高円寺で酒チャンスという3坪の飲み屋をやっている)、住人の退去が終わったアパートの床を剥がし壁を壊してもらった。二人で一緒にプールのように溜まっている水をチリトリですくい、バケツに入れてはベランダに捨てた。
 ひと通り水を捨て終わったあと、どこからも新たに水がやってくる様子はない。ところがそのまま1週間くらいして見に行くとまたプールができている。このところずっと晴れだったのにどういうことだろう。ホームセンターで水を吸い取れる掃除機を買ってきてもらい、こんどはチリトリよりも効率的に水を吸い集めてベランダに捨てた。

 よくよく調べるとRCの床スラブにヒビがあり、そこから水がにじみでているような気がしないでもない。太郎ちゃんが絵の具を持ってきてヒビに塗り、モヤモヤと色のついた水が滲み広がるのをみてこれだと喜び、水をいれたペットボトルとブルーシートで土嚢のようにヒビ割れの周りを囲んでみた。これでこの中に水が貯まれば原因は湧水ということになる。アパートの床下から湧水?そんなことある?
 はたして翌週また見に行くと4部屋すべてがプールに戻っていた。どうやらヒビは関係なかった。やっぱり原点に帰ろう。給水管のつなぎ目があやしいのではないか、そうだ、そうに違いない!とまた盛り上がり給水管の周りに土嚢を積み上げた。これでこの中に水が貯まれば原因は給水管ということになる。もちろんしばらくすると4部屋すべてがプールに戻っていた。

 そんなことをしているうち季節は夏になり、アパートの天井はカビで緑色に変わり、床のプールには窓の外の青空と白い雲がきれいに反射して映っていた。今日も漏水の原因がわからなかった…と家に帰ってカビ臭い体をシャワーで洗い流し、ビールを飲んでいる時のことだった。認めたくないけれど自分がどうしようもない充実感で満たされていることに気がついてしまった。
 住人がいなくなったアパートでチリトリで水をすくったり、カビまみれになっているときの方が、ただ満室で家賃が入ってくる時よりも充実していて楽しいのだ。そんなのっておかしくない?

 結局、漏水の原因がわかったのはしばらくして3点ユニットバスの解体までしたあとのことだった。排水の縦管にヒビが入っており、上階の住人が夜中に洗濯機やお風呂から勢いよく排水したときだけ縦管がズレて水があふれていたようで、なかなかタイミングが悪く見つからなかったようだ。
 原因がわかればあとは排水管を修理し、数百万円を支払って4部屋すべての床と壁を作り直してリフォームした。アパートは一ヶ月も経たずに満室に戻り、ふたたび退屈がやってきた。


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