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大家という稼業(ジャンプ!ジャンプ!ジャンプ!)

 今年はうまく物件を買えず、ずっとむしょくと変わらぬつらい日々を送っていたけれど、本日一棟アパートの買付が通り、8カ月ぶりに契約できる運びとなりました。(拍手!)
 賃貸借契約書をチェックしたり、ドラフトの特約欄をちくちく修正したり、ひさびさに仕事をしている実感と嬉しさはあれど、張り切っていらんことをするよりも、何もしないで寝てた方がお金が増えたりするのが残酷な投資の世界。コロナ渦の中、旧耐震の業物アパートを8%で買って私は大丈夫なのでしょうか。

 「やったぜ!買ってやったぞッ!」というよりは、コロナ融資が湧き出てなかなか下がらない不動産市況と、このままだといつまでも増えないお家賃収入に業を煮やして手を出してしまった感じがあり、これを買ってよかったのかな、どこかで話が壊れて手付倍返しにならないかな、やっちまったかも、でもアパート増えて嬉しいな、というないまぜな気持ち。買えなくてもつらい。買えてもつらい。運用規模からしたら1割くらいのロットなので生死を分けるような大勝負ではないけれど、さっきは買付が通ったストレスによる過食でPARLAのクレープを2個も食べてしまいました。クレープ2個で4千円だった。大家をやめてクレープ屋さんになりたい。

 しかし買付が通ったからにはやるしかない。契約して、融資申込をして、火災保険に入って、管理会社に入居者さんを押し付けて、所有者変更通知を作って、借金して、決済して、外壁塗装を手配して、アパート名を考えて看板作って、ゼンリンとGoogleに連絡して…はああん、面倒だがやるしかない。
 自ら「買います!」と言ってから、契約前に不安になってひっくり返すお客さんは仲介さんに嫌われる。そりゃそうだろう。
 でも買うと決めたあとは頭グルグルになりますよね。これって相場と較べてどうなんだろう。何か見落としてることはないかな。最初に聞いてなかった不利な話がでてきたとき(だいたい出てくる)、どこまで引いて、どこから押すのか。決済が近づくほどに売主と買主のパワーバランスも変わっていく。
 融資審査の間の落ち着かない日々、希望条件までいま一歩届かない融資でも今後の関係を考えて進むべきか、それとも投資判断として一旦引くべきなのか。いまから他にもっといい物件が出てきたらどうしよう。手付金を捨てても合理的に動くのか、仲介さんに対して投資家としての意地と信用を守るのか、契約から決済・引き渡しまでの投資家のメンタルはさしずめ嵐の海のよう。
 そう思うと、一度も不動産を買ったことがないところから、それらをぜんぶ乗り越えて一棟目取得までたどり着いた不動産投資家はみんなえらい。自由で明確な不動産購入意思に基づき、実印を押すDAYを迎えた投資家をすべからく祝福したい。

 ぼくがはじめて買ったのは築半世紀の小汚いソシアルビル。あれはどうやって買ったのだったか。家賃収入を得られないと他に暮らす算段がつかないとか、過労で疲れちゃってもう深夜まで働けないとか、背中を押す力はあったけれど、勝算なんか見えない中で、最後は目をつぶってジャンプした感じがある。
 当時、物件を取得検討していたときのメモが残っていて。いま見返すと笑ってしまうのだけれど、ボロボロの上層階はぜんぶサランラップみたいなものでグルグルに巻いて崩れないようにして、一階部分だけ給排水を引き直して店舗に貸し続けてもある程度の利回りは確保できる…みたいなことを大真面目に検討していた。
 その小汚いソシアルビルを決済したあと、見知らぬ中国人が謄本をみて自宅にやってきた。「あれは本当はお前じゃなくて俺が買うはずだったんだ。1000万円乗せてもいいから売ってくれ!俺と契約しよう!」と玄関先で言われた。もしかしていい買い物をしたのかな、そのときちょっとだけ思ったけれど、なんせ築半世紀なのでこの先の出口があるのか、建物が崩れたらどうしようか、とても建替する資金なんてない。しょっちゅうトラブルが起きて、先行きが不安だけど家賃だけは入ってくる日々が10年ほど続いたあと、取得額の倍額で譲ってくれという宅建業者が現れたので手放した。ちょっと面倒なので計算しないけれど、IRRにしたらすごい数字になった。

 買ってよかった物件、買わなきゃよかった物件。不動産投資の大冒険の思い出を振り返ってみると色々あるけれど、こうして大きく利益をもたらしているのは、不思議と勝算がみえないまま、わくわくする!と目をつぶってジャンプした取引ばかりだ。
 理詰めでこれは買った方がいいと自分を説得するためのデータを集めて取得したものは、残念なことにぱっとしないことが多い。わくわくするとか、しないとか言われても仲介さんは困ると思うけれど、わくわくしてついジャンプしてしまうような物件が買いたいのです。わくわくする物件を紹介してください。
 一般には再現性がある投資がいいと言われるけれど、ぼくはこの再現性という言葉はあまり好きじゃない。だってそこに理詰めでしっかり答えがみえていたら、すぐに人が殺到して儲からなくなるか、崩れ落ちてしまう。プレイヤーは自分だけじゃないし、常に環境は変化し続けるのだ。
 30年後にローンを完済するまで見届けて、よし!彼の投資手法は正しかった、見習おうと2050年に同じやり方で不動産投資を始めていいわけがない。すべては見えない中で、運否天賦に自らを投げ出してわくわくに向けてジャンプするからこそ投資は面白いんじゃないだろうか。

 そんなことをつらつら書きましたが、このあとぼくは、これから20年間は築50年のアパートから再現性をもって家賃収入が入り続け、ローンは確実に返せます!という信金に提出するシミュレーション資料を作らなければなりません。セミリタイアした不動産投資家というのは、実のところ信金のフルコミ職員だからね。


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