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大家という稼業(過去のバインダー)

 あっという間に月末が来た。
 無数の家賃入金とローンの返済がぼくの上を通り過ぎ、あとに幾ばくかの現金が残るので、それをコツコツとついばみながら、また次の月末を待つ。お家賃ブロイラーである。(この導入2回目)
 しかもこのたび来た月末は、ただの月末でなく期末だ。不動産が高騰し続ける中、つい我慢できずに業物のアパートを一棟買ってしまったくらいで、ほとんど何もできなかった一年だったけれど…。おかげさまで今期もわずかながら増収増益で着地の見込みだ。とはいえ、賃貸業の驚異の安定度を考えれば、ちょっぴり増収増益で着地するだろうことは一年前からわかっていたことでもある。

 こんなに動けてなくても、コロナ禍の中でも、安定した売り上げが見込め、無事に一年が過ぎゆく。本当にありがたいことだ。もし、これがシステムの受託開発みたいな、働けば働いただけ売り上げになるタイプの商売だったら、とっくに倒産していることだろう。
 毎日、こつこつと働いてくれる土地と建物、それを支えてくれる管理会社さんを始めとした取引先の皆さまに感謝!感謝!だ。あと、そもそもこの仕組みを築いた過去の自分の頑張りも、ちょっとはあると思うんですよ。

 棚にたくさん並んだ無数のバインダー。
 物件ごとに一冊。ドイツ製ライツ社のバインダーに統一していて、ぴったりサイズを合わせた棚も無垢オーク材とアイアンで家具職人さんに作ってもらった。げん担ぎじゃないけれど、バインダーは多すぎるくらい多めに買ってあって、いつでも物件が増やせるようにしてある。
 背表紙に物件名の入ったバインダーをひとつひとつ眺めていると、それなりに取得する時に苦労があったことを思い出す。

 ライバルが多いのでローン特約なしで契約したら、どれだけ頑張ってもローンがつけられず、決済直前にアサックス銀行に駆け込んで金利8.6%でお金を借りる時に写真を撮られて、なんだか魂が抜けるような気持ちがしたアパート。
 全12室の空渡しで全室フルリフォームしたら、工事代金を払った工務店が夜逃げしてしまい、まだお金をもらってない下請けの職人さんたちに喫茶店に呼び出された社員寮。
 風俗店なのか健全なマッサージ店なのか外見からはちょっと曖昧なテナントで、経営者がどんな人なのかわからず買ったあとの挨拶をしたくなかったソシアルビル。
 売主さんが末期ガンで決済まで生きているかわからないからとせかされ、決済するなり三番抵当までしがみ付いた死神みたいな金貸し達が売却代金をぜんぶ持っていって、やせ細った売主さんの背中を見送った定食屋。
 東日本大震災直後の決済で放射線量が見れるサイトをリロード更新しながら決済会場に行って、原発が爆発するかもしれない時にこんなことしてる場合なんだろうかと思いながら買った串揚げ屋。
 売買代金を現金でと言われて借りたばかりの3,000万円の札束を抱えて、御徒町のエレ無し雑居ビルの階段を登って決済に向かいながら、ぜったい奪われるやつやん…と怯えながら入手したスナック。

 誰も知らない、ぼくだけの不動産取得の思い出たち。ぜんぶバインダーに収まっている。頑張ったな、過去の自分。えらいぞ、過去の自分。

 大家業というのはいくら気合いをいれた朝礼をしたところですぐに売上があがるわけでもないし、やる気がでなくてもそれなりに過去のバインダーから売上が発生する。気持ちにむらのある性格にぴったりの商売で、本当によくぞこの仕事に出会えたものだと思う。天職じゃないだろうか。
 とはいえ本当に何もしないままだと気合いをいれてフルリノベした部屋も少しずつ古びていくし、所有物件の累計築年数も2,000年を超えてしまった。ちゃんと次の種を蒔き、未来のためにバインダーを増やしたり入れ替えていかないと。

 しかしなんだかコロナが来てから急に不動産投資ゲームがハードモードになってしまった。いまでも買ってる人はいるから努力が足りないだけかもしれないけれど、投資妙味ある物件が減ってしまって、物件パトロールも面白くないので身が入らない。しばし過去のバインダ―に養われながら、どうしたものか次の手を思案する。



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