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大家という稼業(土地は偉い)

 東京の家賃は高い!とよく言われる。ほんとにそう思う。
 なんで築30年の3点ユニットバス(風呂とトイレと洗面台が一緒くたになってるやつです)の16.5㎡の木造アパートに毎月6万円も家賃を払わないといけないのか。30年も経ったんだから建築に投資した金額なんてとっくに回収しているだろう。

 でも、どんなに建物がボロかろうと、トイレと風呂がついて、横になって寝られるスペースさえあれば東京の部屋はお家賃6万円で貸せてしまう。
 大家はリフォームのセンスとか、客付業者とのコミュニケーション力とか、内覧者への手書きのPOPにウェルカムバスケットとか、そういう努力を一切することなく、お土地様のパワーだけで大家業をやっていける。それが東京23区で不動産投資をする魅力だ。まったくもって東京の土地は偉い。

 地方には無いような新しい仕事や高給な仕事。趣味の合う友達との出会い、休日に行ける素敵なカフェ、世界中の料理が食べられる美味しいレストラン。どれもぼくがオーナーなわけでもなんでもないけれど、お家賃6万円はそういう東京にしかないチャンスや機会への"チケット代"だと思って欲しい。のちほど計算すればわかるけれどお家賃のほとんどが東京の土地レンタル代で、建物提供サービスの対価はもらってないようなものなのだ。オマケでついてきた築30年の建物や設備に何が起きても、そんなに怒らないでいただきたい。

 ところで東京の土地でいちばん偉い、銀座鳩居堂の前の土地をスコップでかき集めて(コンクリで舗装されてるから実際は無理だけど)たとえば佐賀県にもっていくとどうなるだろうか。もちろん、ただの土くれに戻ってしまう。土地は持ち運べない。
 近くに商業施設がある、たくさん人の乗り降りする駅がある、大企業の本社がある、人気のあるレストランがある、そういう人の営みの集積が土地に価値を与える。一筆の土地そのものには価値はなく、無数の人間が少しずつ土地に価値を与えて路線価を積み上げているのだ。

 そんなわけで基本的に人口が減っていけば土地の価値は落ちるし、人口が増えるにつれ土地の価値は上がるようにできている。そして興味深いことに頑張って土地の魅力を高めた人と、実際に土地が値上がったことで生まれる富を手にする人が一緒とは限らないところもある。
 街は生きていて、たとえば個性的な個人店がオープンして、新しい情報を発信すると、センスのいいお客さんが集まったり、若い女性が増えたり、また面白い店が増えて、そのライフスタイルに憧れる人が増えていったりする。そして街の人気が出てきて店舗の家賃も高くなりはじめ、次第にその坪賃料に耐えられる効率的なチェーン店に入れ替わり、街を盛り上げた立役者である魅力的な個人店はその一歩先のエリアに追われてしまったりする。
 それに関しては気の毒だとか、駅前の均質化だとか、クソ地主め!とか思うこともなく、資本主義とはそういうものだと粛々と受け入れて、ぼくもなるべく出世する土地についていきたいな。そして偉くなった土地のパワーで労せずにお家賃をかき集めたいな、と考えている。

 ちょっとだけ不動産投資家みたいなことを書くけれど、東京23区の土地が坪300万円だとして、容積率180%をぴったり消化して3階建のアパートを新築したら建物1坪を建てるのに必要な土地の原価は167万円となる。(不動産屋はこれを一種単価167万円と言ったりする)あとはアパートの建築費が1坪あたり70万円として、土地代167万円と建物代70万円でお部屋の原価は1坪237万円。これをお家賃1坪1.5万円で貸すと利回り7.6%だ。

 同じことを地方都市でみてみよう。土地が坪40万円で、おなじく3階建のアパートを建てたら建物1坪あたりの土地代は22万円。建築費は変わらないとして1坪あたり70万円、土地と建物セットでお部屋の原価は1坪92万円。お家賃1坪8500円で貸したら利回り11.0%となる。
 銀行からしたら利回り11%の新築は安心感あるのでフルローンがつきやすいのはわかるけれど、提供するサービスであるアパートの原価に占める土地代は70%と24%とぜんぜん違っている。これはもはや別の業態と言ってもいいくらいの違いだ。土地があまり偉くない地方でやる大家業はどちらかというと建物提供サービスの色が濃くなってくる。

 これは好き好きだけれど、ぼくは敬虔な土地信者なので、刷れば幾らでも増えるバーチャルなお金なんかより、むしろ限りあるリアルな土地の方が偉いとすら思っている。なので経年劣化していく建物提供サービスをするよりも、すり減ることのない土地レンタルサービスを行い、お土地様のパワーにあやかって生きていきたい。

 冒頭に書いた我が築30年のアパートはどうだ。16.5㎡でお家賃6万円なので坪1.2万円と新築時より落ちている。利回り8.5%で買ったので、土地と建物セットで坪あたり169万円ということになる。さっきの一種単価を思い出して欲しいけれど、これはもうほとんど東京の土地代なのだ。建物も家賃もこれ以上すり減る余地がない。こっからローンを返済した分はすべて土貯金をしているということになる。建物のきれいさや表面利回り、キャッシュフローに惑わされてはいけない。ワイは土貯金で東京の土地を手にいれるんや!
 そう考えてぼくは建物がとっくに擦り切れた都内の築古アパートを買い続けた結果、いまやどこかしらで常に漏水するようになってきて最近つらいんだけど、これこそが土地信者としての模範的行動だと信じている。きっといつかこの降り注ぐ漏水が晴れ渡り、光に包まれた地主への扉が開かれるだろう。


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