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もしも明日

もしも明日
世界ともう出会えないかも知れないと思い
私は生まれてはじめて
ゆっくりと夕飯を噛んだ

そうめんはきいんと冷えていて舌につめたく
鯖の焼いたのは脂がよくのっていて
きゅうりの薄切りはパリパリとして
酢漬けのトマトはすっぱくておいしかった

私はこの味を知らなかった
いつも何かに追い立てられていて
食事はばくばくと喉に押し込んでいた

もしも明日
もうここにいないかも知れないと思い
私は大きく
ビルの硝子窓を開けた

秋めいた鰯雲の連なりと
聳え立つマンションの後ろに
沈む夕陽が
おそろしいほど神々しく見えた

生きていること
今ここにいることは
美しい


         初出 個人誌composition vol.6 2022.1.1 改稿



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