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その後の道

とある晴れた皐月の日に
私はアパートの窓から見える
細い道なりの終点にあるうつくしい建物へ向かって
ぽつぽつと歩き始めた
高級そうな表札をかけた
住宅がたくさん視界の端っこから
流れてゆく
(私は歩くのが早い
(すたすたすたすた

いつもの沼にたどり着く前に
あっという間に
道の終点は見えた
小さな傾きかかった民家が一軒
袋小路の奥にあり
そこで行きどまりだった
宵闇にひかって見えていたビルは
そのまた遥か向こうにあるのだった

私はわらった
大声でわらった
(いつかあの瀟洒なマンションらしき建築物に住んで
(胡麻白ろい頭の素敵な彼氏と一緒になって
(ふたりきりで暮らしてゆくかのように
夢見ていたけれども

現実には
ひとりであれ所帯持ちであれ
生きてゆくということは
最後に崩れかかったひとつの廃屋になるということなのだった

でもそれは
現在のわたしには
もうそんなに悲しい事実には思えなかった
(みんないつかどこかで
(つめたい骸になるのだということが
すとんと腑に落ちた

それから私は
細い道をまた引き返して
自分のアパートの八階の部屋に着いて
焼きピーマンの丼と冷やしツナの山葵奴ときゅうりと大葉の赤出汁を
狭い台所でつくって食べた
暮らしは

ここに
あるのだ。


           初出 妃23号  2021年8月


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