【詩】SHUNGA
JRを王子で降りて、荒川線にふたりで乗った。都電は、侘びし気な雰囲気の客でいっぱいだった。片目の潰れた、ハンチング帽をかぶった運転手の鳴らすベルがちりんと降車を知らせる。
ここどこ。ぼくはこのへんで産まれた。
江戸川橋で降りると、あなたはどら焼きをふたつ買ってくれた。齧りながら登る胸突き八丁の坂に、私は気管支ぜんそくの胸をゼイゼイさせていた。あなたは振り返って言った。
心臓でもわるいの。すこしくるしくなっただけ。
緑陰がこんもりした中に、女の足が艶めかしい大きな看板は突然にあった。永青文庫は、年配の客でいっぱいだった。外国人の姿も目立った。わたしは、おそるおそる旧細川邸に足を踏み入れた。
これまらっていうの。そうだよ。ここにあるのはおとなしい。
帰り道は、芭雨園に寄ってちいさなチョロチョロした川を見た。水面をタブレットで撮っているうちに、私のみだれていた鼓動はおさまった。あなたは、落ち着いた足取りで先へ先へと進む。
もえてるね。うん、梢がもえている。
その晩はあなたの好きな里芋の煮物と、卵豆腐だった。温かいものをペロリとたいらげた後、シンクで洗い物を片づけているわたしの後ろから、執拗にねっとりと絡みつく指。
詩集「スパイラル」
モノクローム・プロジェクト刊
2017/4/10
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