父に白髪が生えた。

父に白髪が生えた。

ずっとどこかで感じてたんだけど、
皆は感じたことがないだろうか。
自分の親は歳を取らないって感覚を。
あの言いようのない自信にも似た感覚。
あれはなんなんだろう。

父は今日で54歳になった。
白髪のひとつがあって当然だ。

でも気が付かなかった。
今の今まで。
その父の後ろ姿を見た時。
初めての感情になった。
不安とも悲しみとも違う、ただ、心の中の小さな
何かが、コトリ。と胸に立てかかってくるようなそんな感覚。

知らなかった。
あんなに明るく元気が過ぎるほどの父でも歳をとるということを。
自分の親が歳をとるなんてありえない。
そんな、どこからか湧き出てくる溢れんばかりの自信が、たったの白髪ごときでいとも簡単に奪われた。知らなかった。知りたくなかった。
初めての感情に、目の前が滲んだ。

父に白髪が生えた。
23歳と12ヶ月。
私はもう大人になっていると思っていた。
人が感じる感情や表現はだいたい分かっているつもりでいた。
恥ずかしいことに、驚くほど子供だった。
他人から言われる
『考え方が大人だね』に踊らされていただけだった。
かっこ悪いな。自分。恥ずかしいな。自分。
でも何より恥ずかしかったのは父の変化に
今の今まで気づかなかったことだ。
23歳と12ヶ月。
初めての感情。
私は自分の情けなさを恥じた。

父の顔を、父の姿を今までどれだけ目にしただろう。
最後に目を見て話したのはいつだろう。
思い返すと、思い返すことすら難しいほど
程遠かった。

思春期にも似た感情を抱いていた時期を思い出す。
それは鮮明に覚えているほど最近の事だった。

『おかえり』
『ただいま』
『今日も仕事たのしかったか?』
『え、うんまあ普通に』
『一緒に散歩に行こう』
『疲れてるから無理。』

文字に起こしてみると、自分の冷たさに驚愕する。

こんな冷たく余裕のない私に、
父は、いつも笑顔で変わらぬ態度で
毎日おかえりを繰り返し続けた。
無償の愛ってやつか。
”よく聞く単語”それくらいにしか思っていなかった。
無償の愛ってどんな感じなんだろう。
そんなこと、今まで考えたことはなかった。
自分の小ささを恥じた。(身長じゃないよ。)


私は、逃げていたのかな?
”忙しい" ”疲れた”などという嘘みたいな言い訳に寄りかかり私は父から逃げていたのかもしれない。
父の真っ直ぐな愛が、素直な気持ちが、
痛いほど伝わることが、
恥ずかしかったのかもしれない。
またそれを失う日をどこかで恐れていたのかもしれない。

父に白髪が生えた。
ただそれだけ。
それだけなのに父をとても遠くに感じた。

まだ先のことかもしれないけれど、これからもっと白髪が増え小さくなるのかな。
コトリ。と胸に立てかかってきた小さなこの気持ち。大切にしよう。

この気持ちを。
父を。
泣きそうになるほど純粋で真っ直ぐな素直な気持ちを。

今日は父の誕生日。
私は素直になるのが苦手だ。
とても苦手だ。
それでも、今は、
父を抱きしめたい。
気持ち悪いと言われても、嫌がられても。
父を抱きしめたい。
初めてそう思った。


父に白髪が生えた。
私は少しだけ無償の愛の意味がわかったような気がした。

いつの日か、真っ白なドレスを身に纏い、
『愛している』と父を抱きしめたい。
父の髪が、真っ白になる前に。

最後まで読んで下さってありがとうございました!





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