見出し画像

「今日、フラメンコを見たから」

フラメンコは私にとって世界中にたくさんある魅力的なアートのひとつであり、他のものと比べるものではないのだが、他のものと違う点として、不思議な感覚を経験した、ということがある。

「フラメンコの女王」と呼ばれる舞踊家、マヌエラ・カラスコが、2009年9月16日に名古屋公演に来てくれた。そのときまでに知っていた彼女の印象は、カルロス・サウラ監督映画『フラメンコ』(※1)で観たもので、サパテアード(足の打ち鳴らし)は名ジャズ・ドラマーの音のように軽く速いが、ずば抜けた貫禄があり、「歴史上の人物に近く、相当歳をとっている」と思っていた。下の画像は同映画の「ソレア」より(改めて見てみたら、それほどご高齢には見えない)。

画像1
文化の違いをまざまざと見せつけられる歌詞

舞台に登場したときも、その印象とさほど変わらなかったと思う。ところが踊り始め踊り続けるのを観ているうちに、マヌエラがだんだん少女のように見えてきたのだ。日本の演劇作品『夕鶴』でも、つう役の山本安英やすえが「ラストシーンでは本物の鶴に見えた」という感想をどこかで聞いたことがあるが、マヌエラもそんな力を持つ人なのだろう。あの感覚は私だけだったのかなと思っていたら、公演終了後他のお客さんが「若返ってたよね〜」とお話しされているのが聞こえた。

フラメンコのギタリストと言えば、パコ・デ・ルシア。フラメンコの芸術的価値を高めただけでなく枠を超えてジャズ界のスターと共演するなど世界的に名を馳せた、まさに立役者である。先にも名を挙げたカルロス・サウラ監督映画『フラメンコ・フラメンコ』(※2)は、『フラメンコ』の続編で、2012年2月からの日本公開時に劇場で観ることができた。パコが登場した瞬間、ぶわっと「この人ももう長くないんだ」という思いに駆られた。さみしくて、観るのが少し辛かったのを覚えている。「パコが亡くなった」というニュースが世界を駆け巡ったのが2014年2月。「ああ、ついに来たか」と思ったものの、享年を知ってびっくり仰天した。60歳だった。私が「もう長くない」と思ったのは別に私に予知能力があるとか、死相を感じたとか、そういうことではない。単に、映画に出ていたパコが90歳くらいに見えたからなのである。

やっぱり90歳くらいに見えなくもない

周りの人にこの話をすると「ひどい」と言われるし、私もひどいと思う。ただ、今でも、パコは普通の人の90年分くらい生きていたと私には思えてならない。

これは私の話ではないが、もっと広まるといいと思うので紹介したい。日本人フラメンコ舞踊家AMI氏のエピソードである。ある地方の中学校で、日本人とスペイン人交えて公演を行ったところ、翌日、その中学生の親御さんからお話があったそう。いわく、2年前から家庭内暴力をふるっていた息子さんが、突然、家の中の壊したものを一緒に直したいと親御さんに申し出た。親御さんは当然大いに驚き、突然なぜそんなことを言いだしたかと尋ねると、息子さんは一言「今日、フラメンコを見たから」と・・・。

その子にとっては、私たちの踊りがよかった、とかスペイン人がすごかった、といったことが問題だったのではない。完全に「閉ざされた彼の心」のどこか1カ所に、「フラメンコ」というすごい鍵が、「心を開くきっかけ」の鍵穴をつくったのだろう。・・・同時に、改めてフラメンコが持つ底知れない深さを感じ、背筋を正さずにはいられなかった。・・・

AMI『AMIの素敵にフラメンコ』ベースボール・マガジン社、2002、113頁

AMI氏はブログなどを拝読しても非常に謙遜される方だが、動画を見ただけでも実力をうかがい知ることができる。スペインでの歴史あるフラメンココンクールで、外国人初のプレミオ・ナショナル受賞という業績ともあいまって、日本トップの舞踊家といえよう。そんな「本物」の力だからこそ得られた結果だと思うが、それにしてもこのエピソードを知ったときは本当に驚いた。

もちろん、他のアートやジャンルでも、こういった不思議なエピソードというのはあるものだろう。私の場合、それをフラメンコを通じて経験することができた。皆さんは、いかがだろうか。

参考文献

  1. カルロス・サウラ監督映画『フラメンコ』(DVD)、1999.

  2. カルロス・サウラ監督映画『フラメンコ・フラメンコ』(DVD)、2010.

  3. AMI『AMIの素敵にフラメンコ』ベースボール・マガジン社、2002.新装版が2006年に出ているそうなので、リンクはそちらを使用。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?