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「風化させたくない」大崎善生『いつかの夏 名古屋闇サイト殺人事件』

2007年8月25日、世の中を震撼せしめた「闇サイト殺人事件」。殺害された磯谷利恵(いそがいりえ)さんの一生と、犯人三名の生い立ち、犯行に及ぶまでの足取り、そして裁判にまつわる記録を克明に描いたノンフィクション作品。この事件を報道で追っていた頃、そのあまりの残虐さに、思い出すたびに身がすくんで息苦しくなる感覚に囚われていたため、最初は読めるか不安だったし、辛い描写もあったものの、大崎氏の淡々とした筆の運びで、最後まで読むことができた。

『聖の青春』など、将棋を題材とする作品を手がけられる大崎氏は、利恵さんの「囲碁がお好きだった」という背景からこの事件を特に意識されるようになったそうだが、私の場合、この事件を追うようになったきっかけは、利恵さんの母親・富美子(ふみこ)さんが報道機関に当てて書いた書簡の、見事な字の美しさだった。どんなに愛情を込めて育てられた娘さんだったか、ということを瞬時に感じた。本書を読む限り、その直感は当たっていた。まだ利恵さんが2歳の頃に父親が急逝され、母子二人でそれこそ手を取り合いながら、生きてこられたのだ。

裁判の判断の根拠となる最高裁判決、法律の世界では常識でも、それがいかに残酷になり得るか。この事件にもいわゆる「永山基準(※)」が適用され、被害者がひとりであるが故に被告は死刑にならないという結論に導かれた。第一審では被告三名のうち二名が死刑と宣告されるも、「全員死刑でないのはおかしい」と控訴した名古屋高裁で、もともと死刑とされた被告が無期懲役に減刑されたのである。第二審が終わった時、テレビで見た、富美子さんの悲痛な様子は忘れられない。この裁判を通じ、「司法への不信」が私にも芽生えたと思う。最高裁の判決は2012年、納得いかない結論となったが、被告はその後どうなったか――ぜひ、本書をお読み頂きたく思う。

この事件を扱ったドキュメンタリー映画『おかえり ただいま』で富美子さんはこう語る。「私は忘れたいんだけどね、風化させたくない」。地元・名古屋でもこの事件のことを知らない人がいるという話があったが、信じられないほど悲惨な出来事も、次々に起こる悲しい事件で上書きされ、忘れられていくものだ。アマゾンのレビューでは、ノンフィクションの体でないという意見も散見されたが、私個人はジャンルのスタイルや方法にあまり興味はなく、ご遺族が信頼する人が語ることこそが重要だったと考える。

『いつかの夏』は、利恵さんが大好きだったというGLAYの曲タイトル「いつかの夏に耳をすませば」から取られたものだという。誰の心にもあるいつかの夏、その一つで、確かに一つの命が奪われた。語らないことで、その灯は消えていく。利恵さんが生きていたこと、その事実に灯を灯してくれた、大崎氏の力作である。

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公式サイト『いつかの夏 名古屋闇サイト殺人事件』

※ 特に定めがあるわけではないが、「被害者が一名の場合は無期懲役以下」という暗黙のルールと解釈している。ウィキペディア「永山基準」、最終更新 2021年8月10日 (火) 15:12 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。

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