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プルガトリウムの夜 Day0

これが微睡みというものだろうか。寝ているのか、覚醒しているのか。どちらでもよい。そんな感覚。
きっと目覚めたくないんだろう。
夢は魅惑と誘惑で誘い込んでくる。
いや、夢が悪なのではない。現実がクソなんだ。


この生きづらい世界で、唯一支えだったのは義妹だった。馬鹿正直に素直で、あんなクソみたいな母親を尊敬し、誰よりも努力家で、少しずつアイドルとして知名度が上がっていく妹を誇らしく思っていた。
そのアイドルが仇となるとは思いもしていなかった。
ストーカーに放火され、全焼した家は、母親が妹の活動拠点にという名目で買い与えた住居権物置だ。妹は全身に火傷を負い、一酸化中毒症状で意識がないながらも、母親の現役時代のアイドル衣装を抱きかかえて炎から守るように倒れていたことを知らされた。
あんなものさえなければ逃げ出すこともできたんじゃなかろうか。
ともあれこの無慈悲な炎は、中毒の後遺症を残す。車椅子での生活を余儀なくされ、意志はどこにもなく、中身がない空っぽの入れ物のようになった妹の世話をする毎日。回復は絶望的だと知らされ、ただただ生命を維持するだけの作業。


こんな世界。


生きる価値なんてあるのか?


夢は優しく語りかける。
もういいんだよ。無理しなくて。
もういいんだよ。我慢しなくて。
抵抗する気などさらさら起きず、優しさに委ね、いよいよ越えてはならないところへ足を踏み入れる。
もしまた産まれることがあるならば、神様、お願いします。
妹はどうか、優しい普通のお母さんのもとに産まれますよう。
妹はどうか、好きなことを誰にも気を使うことなく、好きなことのために生きれますよう。

ヒヤッ!?

微睡みから急に引き戻したのは、頬に何かを押し当てて、冷ややかな目で見る彼女だった。
「あ、起きた」
わけがわからず、見返すと、あのときのままの、生意気な笑顔をこちらに向ける。
「やー、会いたいって願ったけど、さ、、、ホントに会えちゃ、マズいよね、、、」

何も把握できない。ここは?公園?何を押し当てられた?いやそんなことはどうでもいい。
妹がなぜ元気な妹のままなのか。
微睡みから覚醒したはずなのにまるで夢を見てるかのような錯覚。
そんな声も出せず戸惑うこちらの様子を気にもかけず、公園のブランコに腰を掛けて言葉を続ける。

「なんだかんだで1000人目くらいだからかな?神様がご褒美くれたのかもね。でも、、、」

ブランコの上に立ち、勢いをつけて飛び、着地し、こちらに近寄る。違和感を覚えた。眼の前でこちらの目線に合わせるようにヤンキー座りをした。あの他人からの印象を常に気にする妹が?

彼女は手に持っていた物を目の前に差し出す。
これは、、、知ってる。
これを押し当てられたのか。
それを半分にちぎり、片割れを持たされる。

「これはわがまま。自分のために生きて、ね」

寂しそうな笑顔をみせたあと、おどけて見せる。

「あなたはだんだん眠くなーる、、、あ、逆か」

これが最後に聴いた言葉だった。
雨の中、アスファルトの上で意識を取り戻す。
濡れた不快感とともに目覚め、手にはどろどろに溶けたパピコを握りしめていた。

-誰もが罪を背負い生きている。そこに善悪の区別はなく、故に救いはない。
私たちは美しく残酷なこの世界で希望の灯を絶やさぬよう生きていくしかない-

起き上がり、ふと顔を上げると、こちらを見下ろしている不気味な男と目が合う。
「月は生と死の象徴だ。いちど死に再び新たな命を宿し、生まれ変わる。柴田詩結、フフ…気分はどうだ?」




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