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そのハンコ透明につき

職場に見えないハンコがある。
なぜ見えないのか?
透明すぎるからだ。

透明すぎるハンコは主任から指示を受け、わたしが選び購入したものだ。

透明でなくてもよかったのだけど、ごくありふれたハンコだとお値打ち価格すぎた。リーズナブルで何が悪いかというと、2000円以下だと送料が発生してしまう。

先輩からは「送料がかからないよう工夫してね」と教えを受けていて、その先輩もまた先輩から「とにかく送料無料でよろしく」と言われたらしい。

そんなわけでノーマルタイプのハンコでは力不足だった。朱肉を追加してみたけど、送料無料のラインにあと一歩届かない。1円でも高いものがほしい。

そんななか目をつけたのが、みずみずしいクリアなボディのハンコ。「水なの?」ってくらいの清涼感をまとっている。

「なんて清々しいんだ!」

しかも清々しいだけじゃない。こいつと朱肉が手を組めば、ほぼぴったり賞で送料無料ゾーンにゴールできる。

清々しいハンコには何種類か色があって。わたしとしては、夏空がこぼれ落ちたような水色に惹かれた。

わたしとしてはもう断然水色なんだけど、職場の備品にしては遊び心をだしすぎかなって思いまして。無難に無色透明を選択。

後日、届いたハンコは想像以上に透明で。目をそらすと、すぐ目の前にあっても見失いそうになる。空間への溶け込み具合が半端ない。

「ご所望のブツです、どうぞ」

わたしが差し出したハンコを、主任がおっかない顔で見つめてくる。長年の宿敵を射抜く目付き。

あれー。透明は攻めすぎ?
焦りで手汗の生産性が高まる。

「送料がかからないようにするには、スタイリッシュなデザインにするしかなかったんです」

「あー。それは別にいいんだけど。
あまりにも透明だから、なにを手渡されるのかわからなくて。どういうことだろうって、動揺しちゃったんだ」

主任はハンコをつまみ、蛍光灯にむけてかざした。

「すごく透明だね……こんなのはじめてだ」

密かにバッテリー切れを疑っていた主任の瞳がきらっきら輝きだしている。わたしの選択が主任の好奇心に火をともしたのだとしたら、これはいい買い物!

で。わたしは基本、そのハンコをつかわないからしばらく存在を忘れていたのだけど、つい先日。

圧・倒・的!透明感!
ま・る・で!光学迷彩!

って、同僚たちがざわざわしていた。

「このざわめきはなにごと?」

気になったものの、無視されたり、気づいてもらえない可能性に怯えてざわめきの輪に飛び込めない人間なもので。なにも気にしていない風を装って聴覚だけ研ぎ澄ませた。

どうやら、職場の中心でざわざわを発生させているのは、あの透明感あふるるハンコ。お菓子缶のなかで、白や黒のハンコらとまじわって、その見つけにくさたるや忍者のごとしって絶賛されているようだった。

「マジで見えない」
「こんなに見えないことってある?」

みんな透明感を満喫してくれている。「ハンコをさがせ!」を通じて職員同士のコミュニケーションが深まっているのだとしたら……あれは本当にいい買い物!

なんか......うれしはずかしだよ。
わたしって、これまでずっと、やることなすこと平均以下で。悪目立ちの経験は豊富だけれど、良い目立ちをしたことがなかった。

ついにわたしのセンスが日の目を見る時がきたんだなっていう手応えに震えました。

この感動をnoteに綴ろうと思い、同僚にハンコの使い心地についてインタビューしてみた。

「あの透明なハンコどうおもう?」

「あれねー!正直、かなり使いにくい。
まず見えない。あるの?ないの?どっちなの!?って探すのに時間を食うし。そのうえ、つるっつるで上下がわかりにくいから押印した文字が踊りがち」

酷評だった。
見えないくせに超悪目立ちしてるんですけど!

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