オトダマ!! 第三話

翌日、”奴隷”じゃなくていられるせっかくの日曜だし、どんな楽器でも弾けるようになったのだから、何か手頃な楽器でも購入しようと、楽器店のある商店街を歩いていた。すると、楽器店近くのコンビニの前で、たくさんのペットボトルドリンクの入った袋を両手に持って歩く女の子が見えた。なんかヤバそうだなぁ・・・って思って見てると案の定、ビニール袋が破れてペットボトルがごろごろと転がった。
予感的中・・・。「だ、大丈夫ですか?手伝いますね。」女の子の背後から声をかけると、女の子も「す、すみません!」とこちらを振り向いた。
「あ・・・」二人同時に発した。相手は同じクラスの女子、弦巻優歌(つるまきゆうか)だった。
「つ、弦巻・・・さん」
「えっと・・・音無・・・くん、だっけ?」クラスでも全然目立たないし、最近は学校も休みがちだったから名前を知ってるだけでも奇跡だ。
「う、うん」ペットボトルを拾いながら返事をした。
「どうしたの?こんなにたくさんのペットボトル持って・・・」ボクは尋ねた。
「えとね、そこに楽器店あるでしょ、その地下にライブハウスがあるんだけど、今夜そこでライブがあって・・・」
「でも、まだ昼過ぎだよ?それにこのドリンクの量・・・」
「あのね、今夜ライブするバンド、私の二歳上の兄がギターやってるバンドなんだ。もうすぐリハーサルで、私は買い出し要員で・・・」
「そっか。じゃ持ってくの手伝うよ。袋破れちゃってるしね。」
「ありがとう。助かるー。」ボクらは両腕にたくさんのペットボトルを抱え、楽器店の地下へ続く階段を降りた。

階段を降りて重い扉を開けた先に更にもう一枚扉があって、それを開けるとむわっとくる汗と機械的な匂いが充満したライブハウスがあった。
ステージの上ではバンドのメンバーらしき人たちがそれぞれの楽器のチューニングをしていた。
「お兄ちゃん!ドリンク買ってきたよ!」弦巻さんが叫ぶと、ギターの音出しをしていた背の高い人がこっちを向いた。
「サンキュー。そこ、置いといてくれ。」
「それにしても響也のやつ、おせーなー。もうリハの時間だってのに。」髪の長いベースの人が言った。
「緊張で腹でも下してんじゃね?なんせ今日は大事なライブだかんな。」びっくりするくらいイケメンのボーカルの人が笑って言った。
「ったく・・・」弦巻のお兄さんがイラついてそうに言った。

それから十数分後、客席後ろの扉が開いて、誰かが入ってきた。
「おい響也!おせーよ!!!」弦巻のお兄さんが言った。
「わりー、わりー。」ガタイの良い響也さんがステージに近づきながら言う。
「お、お前!なんだその腕は!!!」弦巻のお兄さんは目をまんまるくして言った。
「あ、あぁ、これな。ここ来る途中バイクでコケちまって病院行って・・・ははっ。」見ると響也さんは右手に包帯を巻きつけ三角巾で吊っていた。
「ははっ。じゃねぇよ!どうやってドラム叩くんだよ、お前!」
「いやー、無理だろ、やっぱ。足も痛てぇし。悪いけど今夜、打ち込み音源使ってやってくれよ。」
「何言ってんだよ!今日がどんだけ大事なライブか分かってんだろ!」
ボクの隣にいた弦巻が、真っ青な顔して震えている。
「お兄ちゃんたち、先週のライブをたまたま見にきてた音楽事務所の人に声かけられて・・・」震える声で弦巻が言う。
「今日のライブにプロデューサーを連れてくるから、もしその人が気に入ればプロデビューの話し合いをしたいって言われてて・・・」
「生音じゃねぇと伝わらねぇもんがあんだろ!それくらい分かってんだろ!」弦巻のお兄さんが響也さんの胸ぐらを掴んで言った。
「離せよ!オレは怪我人なんだよ!知らねぇよ!そんなもん!そもそもオレはプロなんてどーでもいいんだよ。音楽で飯食ってくなんて、一部の人間だけだろ。オレは高校卒業したらフツーに大学行ってフツーに就職すんだよ。ドラムもそれまででいいんだよ!」
「て、てめぇー!!!」殴りかかろうとする弦巻のお兄さんをベースとボーカルの人が必死で止めている。
「あー、萎えた。辞めだ、辞め。オレ、今日で抜けるわ、このバンド。」
響也さんは悪びれることもなく、ステージを降りて出口に向かった。
「こらぁ!!!待てよ!!!響也ぁ!!!」弦巻のお兄さんの声が客のいないライブハウスに虚しく響く。
その様子を見て静かに涙を流している弦巻にボクは言った。
「お兄さんたちのバンドが今夜やるはずだった曲の音源って持ってる?」
「え・・・?あ、あるにはあるけど・・・セットリストもお兄ちゃんから聞いて知ってるし・・・でも、なんで?」
「よかったら聴かせてくれないかな。今すぐ。」
弦巻は戸惑いながら、スカートのポケットに入れていたイヤホンが巻き付けられた携帯音楽プレーヤーを操作し、ボクに手渡してくれた。

2,30分でセットリストで予定されていた5曲を聴き終わって、ボクはメンバーの人たちがうなだれながら片づけをしてるステージに上がった。
そして無言のままドラムイスに座り、さっき聴いた曲のドラムパートを力強く演奏した。
ドン!ドン!ドン!ドン!ダカダカダカダカ!ダカダカダカダカ!ツッタン!ツッツタン!ツッタン!ツッツタン!
メンバーのみんなも弦巻も唖然としてボクを見ている。そのまま5曲分全て叩き終わると、弦巻のお兄さんが言った。
「お前!なんだ!何者だ!すげぇじゃねぇか!なぁみんな!こいつ、すげぇよ!」そう言うと他のメンバーも興奮して同意した。
それから弦巻のお兄さんたちとリハーサルをこなし、いよいよライブ本番・・・・。
開演のブザーが鳴る。ステージが暗転する。さっきまで騒いでいた満員の観客たちが静かになる。そして・・・

ボクは力強くスネアドラムを連打した。一斉に音が重なる。観客が拳を突き上げ大声で叫ぶ。その声に負けないようにボーカルが歌い始める。
ボクの刻むビートに全ての音が乗っかっている。リズムを早めればぴったりベースが並走する。ブレイクを入れれば間髪入れずにギターが鳴く。
バスドラとスネアの間を縫うようにボーカルが跳ね回る。観客がリズムに合わせて飛んでいる。揺れている。客席とステージが一つになる・・・。
そうか、これが弦巻のお兄さんが言っていた『生音じゃないと伝わらないもの』なのか。
演者も観客もスタッフも、今このライブハウスにいる全ての人間が、ボクらが奏でる音のシャワーに溶けて一つになっていく・・・。
こんな快感、初めてだ。悩みも、不安も、悲しみや苦しみさえ、ドロドロに溶けて流れ落ちていく・・・。これがLIVEの力なのか・・・。

ライブが終わって楽屋で弦巻も含めて余韻に浸っていると、ドアをノックしてスーツの人とえらくおしゃれな大人が入ってきた。
そう、スカウトの人と音楽プロデューサーの人だ。
弦巻のお兄さんがドラムは今夜だけの臨時だからと話すと、プロデューサーの人は、プロのサポートドラマーを入れるから問題ないと言った。
どうやら卒業後のメジャーデビューは決まりそうだ。
そっと楽屋を出たボクを弦巻が追いかけてきて「音無くん、今日は本当にありがとう!ありがとう!」と涙を浮かべて言ってくれた。

これまでの人生で一番といっていいくらい幸せな気分でライブハウスを出て、鼻歌を歌いながら調子に乗って目を閉じて歩いていたら、
ドン!と誰かにぶつかってしまった。「あ、すみませーん。」へらへらしながら目をあけるとそこに立っていたのは・・・鼓くんだった。
そしてそこにいたのは鼓くんだけじゃない。取り巻きの不良たち全員お揃いだ。
「おい、イチロー・・・」・・・完全に”詰み”だ。天国から地獄に急降下だ。月曜を待たず、日曜の夜から奴隷だ。血の気が引いたボクに鼓くんが、
「お前・・・すげぇじゃねぇか!なんだよ!あのドラム捌きは!響也さんの百倍うめぇじゃねえか!!!」
「・・・え!?え!?えぇ~!!!???」
「オレはよぉ、いやオレたちはよぉ、ずっと前から弦巻さんたちのバンドのファンなんだよ!だから最前列で見たくってよぉ、ライブ前の早い時間から並んでたのよ。そしたら響也さんが、腕に包帯巻いて出てきたじゃねぇか。驚いて思わず声かけたらよぉ、バンド抜けたって言うじゃねえか。もう何が何だかでよぉ、今日のライブもどーなんだって思ってたらよぉ、イチロー!お前がドラム叩いてんじゃんよ!しかもすげぇ腕前でよぉ!
オレはよぉ、オレたちゃーよぉー・・・」鼓くんは号泣して涙より鼻水をたくさん垂らしながら言った。ついでに取り巻きの皆さんも泣いている。
「イチロー!今まで悪かった!許してくれ!この通りだ!」そう言うと鼓くん一同は全員でボクの足元に土下座した。
「や、やめてよ、恥ずかしいよ!分かった、分かったから・・・」
「許してくれんのか?本当か?ごめんな、ほんとごめんな。詫びと言っちゃなんだが、これから何か困ったことあったらなんでも言ってくれ!必ずオレがなんとかすっからよぉ!あ、そういやオレ、ちゃんと名前言ってなかったな。鼓雷太(つづみらいた)だ。これからは友達としてよぉ、仲良くしてくれよ。」
「と、とも・・・だち・・・。あはは・・・はぁ。」なんだか気が重いが、とりあえず奴隷生活からは解放されたようだ。
なんだかどっと疲れてへなへなしてたら、弦巻が「イチローくーん!」と、ボクの名前を呼びながら駆け寄ってきていた。

その様子を、ビルとビルの隙間から痩せこけた灰色の体で、小さなカマを持った”アイツ”がじっと見つめていたことも知らないで・・・。

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