オトダマ!! 第一話

ボクの名前は一郎。野球好きだった父が、あのイチロー選手のように自分の特技や才能を活かして、世の中の人々を感動させたり、幸せにしたりできる人間になって欲しいという願いを込めて命名してくれたのだけど・・・。
幼少期はもちろん、小学校、中学校を経てもなお、勉強もスポーツも苦手、習い事は続かない、おまけに顔も背格好も人並み以下で、なんの取り柄も特技もない冴えない男だ。
だけど、今日から高校生。高校生活では必ず「何か」を見つけて、世界中の人たちをアッと言わせる男になるんだ!

そんな意気込みで高校の入学式に向かう道を肩で風を切って歩いていたら、誰かと肩がぶつかってしまった・・・。ドン!!!
「す、すみません」ボクはすぐに謝った。
「おい、コラぁ!お前よぉ、オレにぶつかってよぉ、それで済むと思ってんのか!あぁ!?」典型的な不良を絵に描いたような男だ。
「あ、い、いえ、ほんと、ほんとごめんなさい!」ボクは必死で謝った。
「お前、その制服よぉ・・・美羽寺(みうじ)高校の制服だよなぁ。新入生か?」
「は、はい!今日入学式で・・・」
「・・・ほう。名前は?」
「お、音無(おとなし)一郎、です。」
「・・・そうか、わかった。オレは美羽寺高校二年の鼓(つづみ)だ。よ・ろ・し・く・な。」
「よ、よろしくお願いします!!!」良かった、見た目と違っていい人っぽい。
「そうだ、イチローよぉ。オレのダチにもお前を紹介してやっから、式が終わったら体育倉庫に来いよ。」
「あ、は、はい!」
「じゃ、後でな・・・」そう言って肩をドン!と強く叩かれた。
なんとか事なきを得たボクは、無事に入学式に出席し、鼓先輩に言われた通り、体育倉庫に向かった。
「よう、イチロー。よく来たな。」そこには鼓先輩に勝るとも劣らない『THE・不良』たちが5人ほどいた。
「早速だがイチローよぉ、俺たち腹が減ってんだ。食堂行ってパンと飲み物買って来てくれよ。」
「・・・え?あ、はぁ・・・」
「で、オレたち財布を教室に置き忘れたからよぉ、とりあえず立て替えておいてくれよ。後で返すからよぉ。」
「・・・わ、わかり・・・ました・・・」この日を境に、ボクは鼓たちの『奴隷』となった・・・。

********

それから3ヶ月・・・もうすぐ一学期も終わる。
ボクの奴隷生活の出口は一向に見えない。どころか状況は悪くなる一方だ。夏休みは解放されるのか、二学期はどうなるのか。
嫌だ・・・。、もう嫌だ・・・。でも、抵抗する勇気もない・・・。逃げることも出来ない・・・。父さん、母さん、ごめん・・・。
気がつけばボクは校舎の屋上にいた。上履きを脱ぎ、フェンスを乗り越え、目を閉じ、そして・・・飛んだ・・・。
ドンッ!!!空中に体を投げ出してすぐ、何かに衝突した!?ゆっくり目を開けると、ボクの体は屋上近くの空中で『何か』の上に乗っかっていた。
「いってーなぁー!どこ見て飛び降りてんだよ!」ボクの真下の『何か』が喋った。
「とりあず、そこどけろよ。」そう言われたと思うと、ボクの体はまるでシャボン玉のようにフワフワと屋上のフェンスの内側に戻っていった。
そのボクを追うように『何か』がついてきている。よく見るとそれは、全身が灰色で痩せこけて、背中にボロボロの傘みたいな羽根を生やし、
頭髪が薄くてめっちゃ冴えない顔をした人?悪魔?みたいなヤツだった。「だ、だれ?ってか、なに?」屋上に着地したボクは聞いた。
「はぁ・・・死神だよ・・・」ため息混じりにそいつは言った。死神・・・よく見ればその手に農作業で使うような小さなカマを持っている。
「死神・・・ってことは、ボクの魂を迎えに?」
「いや、それがな、お前はまだ寿命がきてないのよ。だから今、ここで死なれちゃうと、たまたまお前とぶつかったオレがペナルティくらっちゃうわけ。それでなくてもここんとこ成績不振で怒られっぱなしなのに・・・ったくマジ迷惑なんだけど・・・」そ、そういうものなのか。
「あ、なんかすみません・・・。」ボクはとりあえず謝った。
「だからさ、もう死ぬとかやめて。マジ困るから。てかお前さぁ、なんで死のうとしたわけ?寿命、まだまだなげーのに。あ、言っちゃった笑」
死神はバツ悪そうにテヘペロ的な舌を出した。
「い、いじめがひどくて・・・。やり返す力も逃げる勇気もないし、それにボクには生きる力になるような才能も特技もないし・・・」
「じゃあ才能か特技があったら生きていけんだな?」死神が言った。
「う、うん・・・多分・・・」
「よし!乗りかかった船だ!お前に特技を授けてやろう!何でもいいぞ、言え!ただし一つだけな!」
「そんなこと、できるの?」
「なめんなよ。死神だぞ!?一応、神だじょ!あ、噛んだ。もとい、神だぞ!」た、頼りない。でも特技か・・・。

(何にしよう。名前負けしないような、誰かに元気や勇気を与えられるような特技・・・そいやボクは何から勇気や元気をもらってたっけ?)

「そうだ!音楽だ!悲しい事や辛い事があった時、音楽を聴くと元気になったり励まされたりしてたな。音楽にしよう!でもジャンルや楽器の限定は難しいから・・・そうだ!どんな楽器も完璧に演奏できるっていう特技にしよう!それがいい!!!」
「よし、わかった。その特技をやる。えーーーーい!」死神は両腕を天に向かってかかげた。・・・が、何もボクに変化はない。
「お、終わり?」
「うん、終わり。じゃ、オレは仕事あっから。」
「ちょ、ちょっと!ちょっと待ってよ!」ボクの声を聞いてか聞かずか、死神はフラフラしながら飛び去ってしまった・・・。

********

なんだか狐につままれたような気持ちで、屋上を後にしたボクは、教室に戻ろうと校舎内を歩いていると、目の前の音楽室から誰かがもめてる声が聞こえてきた。
「だから違うっつてんだろ!ここはファだよ!ファ!」半開きのドアから覗くと同じクラスの管崎(かんざき)が誰かに向かって怒っていた。
「わっかんねぇよ!そもそもオレはフルートだけで、トランペットなんてやったことねぇんだからよ!」別のクラスの男子が言った。
「しょうがねぇだろ、部員も楽器も足んねぇんだから。それに野球部の地区予選、明日からなんだしよ!」管崎が言った。
「オレもうおりるわ、こんなんで応援行ってもオレらも野球部も恥かくだけだし。」彼はトランペットを置いて行ってしまった。
「待てよ!おい!」彼を追いかけて廊下まで出てきた管崎と目が合った。
「なんだ、音無か。見てたのか。」
「う、うん。覗くつもりはなかったんだけど・・・。」
「まぁ、いいよ。お前にはカンケーねぇし。」
「な、何かあったの?」
「ほら、明日から高校野球の地区大会始まんだろ。うちの野球部も出るんだよ。それで吹奏楽部としては応援行かなきゃなんだけど、部員数もギリギリで、楽器も足らなくてよ。メインのトランペット吹けるやつが誰もいねぇから、アイツに頼んだんだけど・・・見ての通りだ。ま、野球部も
万年1回戦負けの弱小チームだから、オレたちがいてもいなくても大して影響ないんだけどな。」管崎は吐き捨てるように言った。
「ボク、ちょ、ちょっと吹かせてもらっていいかな?ト、トランペット・・・」
「お前、吹けんのかよ?それとも他の管楽器やってたのか?」
「い、いやそれはちょっと・・・」さっきの夢みたいな出来事が現実かどうか、これではっきりする。そう思ってボクはトランペットを手に取った。
高校野球・・・ブラスバンド・・・応援・・・。ボクはかろうじて知っている曲を頭に思い浮かべて、思い切りトランペットに息を吹き込んだ。
パーパーパーパパ、パパッパ、パパパパーパパ、パパッパー!パーパーパーパパ、パパッパ、パパパパーパパ、パパッパー!
パパパパ、パパパパ、パパパパパー、パパパパ、パパパパ、パパパパパーパーパー、パパッパー、パーパパッパー!!!
吹けた。頭でイメージした通りに。確かピンクレディー?の『サウスポー』が。
「す、すげぇ!!!完璧じゃんか!!!そんだけうめぇのに、なんで今までうちの部に来なかったんだよ!すげぇよ!!!」管崎は大喜びだ。
「ってか、明日の応援、手伝ってくれよ!な、いいだろ?音無、頼むよ!」
「わ、わかった。ボクでよければ・・・」
翌日、ボクは約束通り野球部の試合が行われる球場に行き、管崎たちを含めて十人ちょっとの吹奏楽部のメンバーと演奏の準備をした。
そして試合が始まった。トランペットを構える。マウスピースに口を当てる。そして思いっきり息を吹き込む!
その天まで届きそうな高音が球場全体に響き渡る。観客も選手たちも敵味方関係なくそこにいた全員がボクらの方を見る。
うちの学校の野球部員たちの目の色が変わる。体から湯気のようなものが立ち上っているようにも見える。
選手たちのプレーが変わる。まるで強豪校の部員たちを見ているようだ。
演奏はより一層激しくなる。ボクのトランペットに引っ張られるように、管崎や他の部員たちの熱量も上がる。
流れ落ちる汗、体を震わせるほどの美爆音、白熱するプレー、盛り上がる観客・・・。凄い、凄い、凄い!!!
炎天下の中、ボクらは夢中で演奏した。ひとつ不思議だったのは、知らない曲でも楽譜を見ればちゃんと演奏できたことだった。
それまで、楽譜なんて読めなかったのに・・・。
試合は、運悪く一回戦から地区予選の優勝候補校を相手にしたうちの学校が、まさかの大番狂わせで勝利した。
試合後、野球部のキャプテンが楽器を片付けているボクらのところに来てこう言った。
「今日は応援、ありがとう!お前らの演奏がどれほどオレたちの力になったか分かんねぇよ。ピンチの時、チャンスの時、スタミナが切れそうな時、何度もお前らの演奏に勇気と力をもらった。一年の時から負けっぱなしでこのまま卒業すんのかって思ってたけど、今日勝って、野球辞めなくてよかったって心から思えた。ありがとう!ほんとありがとう!次の試合もよろしくな!」キャプテンは泣きながら言った。
それを黙って聞いていた管崎が、ホルンを片づけながら照れくさそうに言った。「音無・・・サンキューな。」
これだ、この感じ!やっぱり、音楽ってすごい!!!

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