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オタク用語に、解釈違い・解釈一致という言葉がある。 例えばあるキャラクターの振る舞いについて、セリフやナレーションで語られなかった場合、そこには解釈の余地がある。オタク同士でその解釈が一致するかしないかというのは結構重要で、時には血を見るような論争になることもある(もちろん実際には血は流れないが)。 これは実はオタクが関心を示すような事柄以外の事象にも当てはまるのではないだろうかと、最近思っている。 例えば子どもの行動について。例えばある学校に大変多動な子がい
愛をこめてお手紙を。手書きの手紙はやっぱりいいよね。 源氏物語の世界を思いだす。どんな紙に書き、どんな枝や花に結んで届けるのか。手紙を開く前から、送り主の趣味嗜好、相手への思いが伺える。 最近読んだ自伝小説の主人公が、ある女性に一目惚れし、その人の連絡先を教えてもらうと、毎日、絵葉書にラブレターを綴り、まとめて届かないようにと毎日違うポストに投函するという下りがあった。絵葉書だから、長い文章は書けないだろう。短い文章に、思いを込めて、毎日途切れることなく、その人に向けて
チャットGPTの話が盛り上がっているところに、いきなりアナログな話題を出すが、最近はお手紙を書いたりもらったりという機会がずいぶんと減ったように思う。 私は、便箋が好きなので気に入った便箋と封筒を見つけては買ってしまって、日本の四季に合わせた柄から、動物柄などなど、色々なものが家にずいぶんたまっている。それでも、たまに、お手紙をもらうことがあるので、その時々でハガキを使ったり、便箋を使ったりしながら手紙を書く。 メールでのやり取りやLINEでのやり取りも手軽で素早く
チャットG P Tというキーワードを聞いて、私がまず思い浮かべたのが声である。 私たち心理職の仕事に大切な要素はいくつもあるが、その一つに声があると思う。ここ最近風邪やら花粉症やらのためにうまく喉が働かないことがあって、改めてその恩恵に気づいた。 コミュニケーションを分解していくと、いくつかの要素を取り出すことができる。まずは言葉、それから声と視線、呼吸。最後にタイミング、といった具合に。 今回はその中の声を取り上げようと思う。 当たり前だが、通常、声は見えない(音