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晩夏~八月の蝉時雨

葉脈を射抜く日差しが手作りのお弁当に当たった。
その瞬間に握ったおにぎりの米が輝いた。

久しぶりにデートだった。

この間はたしかもう、一ヶ月も前だった。
おにぎりの中に吸い込まれた日差しに、幸せを感じた。


夏の日の蝉時雨。


二人の会話をさえぎるように鳴る。

聞こえない。

時々
分かったふりをして頷く。

分かったふりをしているのがもしかして分かっているのかしれない。

そんな微かな罪悪感を感じながら一緒にいた。

何かを言われる。
蝉時雨が降る。
声が聞こえない。

唇の動きでだいたいのことは分かる。

曖昧に頷く。

「蝉うるさいね」

そう言われた。

頷いた。

まるで蝉の声が、二人の邪念をかき消すかのように煩く降りてくる

言い間違いも
喧嘩も

この蝉の声が消してくれるんだな。


八月の終わり。


蝉がスカートの上の落ちてきた。

すでに死んでいた。

形はすごくきれいだったけど動かない。
触れば動くかなと思って少し触った。

いきなり彼氏に蝉をスカートから払われた。

私は瞬間的に彼氏のほっぺたを叩いた。

無言でお弁当を食べ終わった。

和らいだ日差しは半袖の服を通して暖かく肌にさしこんだ。

さっきよりも日差しが弱い。
雲が日差しを遮っている。

二人で空を見上げた。
ゆっくりと雲が横に流れていった。

再び強烈な蝉時雨の声が鳴った。

ほのかに二人でキスをした。

元気な蝉が私の胸にとまった。

キスに邪魔な蝉を彼氏が取り除いた。
蝉はすぐに飛んでいった。

もう一度深いキスをした。


蝉時雨は一斉に鳴くのをやめた。


寂滅とした静寂が降りた。

無音とはこういうことかな。

音楽が心のなかで反射的に無音に耐えられないように鳴り響いた。

そこに蝉時雨が艶やかに鳴った。

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