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『或る「小倉日記」伝』論~存在しないものの美学序説

見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮れ
藤原定家

 文学における描写とは映像的な描写とは根本的にその性質、目的が異なったものである。よく小説の初心者が、映像に比べて文字による小説は情報量が足りないので描写をしっかりしなければならない、ということを言っているが、もちろん徹頭徹尾間違った考え方である。

 むろん映像芸術を含めてそもそも芸術一般は、情報の伝達とは無縁のものであるし、それどころか情報の伝達というものは、美なるものとは水と油のものである。いやしくも小説が美を追求するものであるならば、そこには情報の伝達とは別種の言語的特性が見出されなくてはならない。

 言語にとってびとは何か、という問題は表現と表出というようなことでは捉えきれない。吉本隆明の言語論は優れて示唆的であるが、本来の意味で哲学を知り尽くした吉本があえて取った、方法論的言語論は果たして吉本の意図したような「勝利だよ」というつぶやきに結実したのかどうか。我々はそろそろそれをきちんと検証すべき段階に生きていると言えるだろう。

 みこちゃんはここで、言語にとってびとはなにかについて、フリードリッヒ・ニーチェを開祖とし、ミシェル・フーコーの開拓した「考古学」にヒントを得ながら、認識の枠組みの生成と破壊の裂け目に生じる「美」を浮かび上がらせたいと思う。

 例えば、みこちゃんが冒頭の藤原定家の和歌に言いしれぬ深淵を感じるのはこんなときである。

 ここで、仏教研究者のダルマ氏は、陳那(ディグナーガ)は『八千頌般若経』の網要をまとめた「般若経の要義」を引用しながら論を進めます。

般若経においては実に、三種のものによって教示がなされている。即ち、「仮構されたもの」「他に依存するもの」「完成されたもの」である。「それは存在しない」などという文によって全ての仮構されたものが否定されている。「幻のごとくである」などという喩えによって他に依存するものが教示されている。四種の清浄(垢れを伴った真如・垢れを離脱した真如・解脱への道・道の拠り所)によって完成されたものが説明されている。真如は衆生の心に付着した煩悩によって垢されている場合にも、その心の本性として清浄であり、煩悩の塵が払拭されれば、純粋な清らかさをもって顕現する。

 これに対するダルマ氏の読解は以下であるが、この透徹した理解には戦慄を覚えた。

ここにおいて、「仮構されたもの」が「遍計所執性(遍計所執相)」、「他に依存するもの」が「依他起性(依他起相)」、「完成されたもの」が「円成実性(円成実相)」に該当します。「仮構されたもの」とは、説一切有部等が主張するような、言語・概念などを本体視した存在形態を指します。故に、「般若経」では「それは存在しない」としています。後の世親(ヴァスバンドゥ)の『唯識二十論』において、〔愚か者達は主観・客観というようなありもしないものの本性(自性)を仮構(遍計)している。この構想された形としては、ものは実在しないのである。〕と説かれています。次の「他に依存するもの」は「幻のごとくである」と説かれていることから、様々な因縁によって成り立つ存在形態であることが分かります。最後の「完成されたもの」は「真如」であり、煩悩に覆われてはいるが、それ自体は清浄である「浄く輝く心」です。ややこしいのは、「幻のごとくであるもの」及び「真如」の両方に空・空性という言葉が当てはまる点です。

 みこちゃんはダルマ氏とは、noteのダルマ氏の記事コメント欄にていろいろとお話をさせていただいているのであるが、このときはコメント欄でこんなことを書かせていただいた。

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 私はやはり、この陳那の説く唯識思想は、藤原定家の和歌を連想する。

 見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮れ

 これを、「情報の伝達」という観点から現代語訳してみるとこうなる。

 裏の苫屋の秋の夕暮れに、あたりを見渡したんだけど花も桜もなかったよ

 驚くべきことに、情報が何一つ伝達されていない。しかしここには人間存在の途方もないと不気味さと、存在論にまで通底した認識の格闘が、これ以上もない描写を超えたメタ描写を実現して、得も知れぬ深い感動を呼び覚ます。

 この定家卿の和歌でまっさきに連想するのは、ニーチェのこの警句だ。

"Wer mit Ungeheuern kämpft, mag zusehn, dass er nicht dabei zum Ungeheuer wird. Und wenn du lange in einen Abgrund blickst, blickt der Abgrund auch in dich hinein."
怪物と闘う者は、その過程で自らが怪物と化さぬよう心せよ。おまえが長く深淵を覗くならば、深淵もまた等しくおまえを見返すのだ。 

見渡せば「仮構されたもの」
意識の俎上に乗せることで一つのパースペクティブを構成する段階。
「在る」ものを認識するのではなく、最初にタブローが措定される。

花も紅葉もなかりけり=しかしせっかく構成されたパースペクティブはなかった。「全ての仮構されたものが否定されている」状態となります。

浦の苫屋の秋の夕暮れ=これも夕暮れを何一つ描写していない。あえて言えばこれは、夕暮れそのもの、ハイデガー的なカント解釈でいう物自体が偶然性によって出来(しゅったい)した状態、もしくは華厳教学で言えば仏性が性起したもの、つまり真如である。

 ここにはつまり、「表現」もなければ「表出」もないのである。したがって『言語にとって美とはなにか』と、いくらそれが方法論であったとしても……。いや、おそらく吉本は方法論的懐疑を言語論において実行することで、純粋理性批判でカントがやったように、つまり理性を明らかにするにあたって理性の限界を説くように言語の限界を明らかにしたのであろう。

 であるならば、吉本の遺産から始めることのできる我々は、言語の限界点のその先を考察しなければならない。

 それが、このみこちゃんの【文芸評論集】或る「小倉日記」伝論~存在しないものの美学①序説である。

 素描だけしておこう。

見渡せば「仮構されたもの」
 主人公の田上耕作が、森鴎外の散逸した小倉時代の日記を補完しようとし、それに人生のすべてを掛ける。日記自体はどうしても見つからないので、耕作は鴎外ゆかりの人を賢明に探し出し、一人ひとりに病を抱えながら丁寧なインタビューを試みる。

Wikipediaから引用しよう。

森鷗外が小倉で過ごした満三年の日記、『小倉日記』を補完することを思いつく。耕作は、『独身』、『鶏』、『二人の友』などの文献から小倉での鷗外の足跡を推測し、ゆかりの人物を取材する。麻痺のある身体で荒れた山道はこたえる。その上目当ての家の者には門前払いにあい、翌日母ともう一度訪れるという不遇を味わう。幾度となく、「こんなことに意義はあるだろうか」という思いが押し寄せ彼を苦しめるが、江南や母の激励、文士からの返信、またそのつながりで鷗外の弟潤三郎からも手紙をもらい、耕作は一層力を尽くす。
そんな耕作に戦争が立ちふさがる。戦時下では鷗外ゆかりの者に話を聞くのは困難だった。また、耕作の麻痺症状は日に日に進んでいたのだが、戦後は食糧不足でさらに悪化し、ついには寝たきりになってしまう。江南は度々耕作の家を訪れ、食料を持ってくる。母は老体ながらも耕作を看病する。耕作は病状が改善したあとを空想した。風呂敷一杯には彼のあつめた「小倉日記」がある。

 そして、その仮構は、耕作の死とともに完成する。

しかし、1950年(昭和25年)の暮れ、耕作の衰弱が激しくなる。江南がちょうど来ていた日だ。耕作が枕から頭を上げて、聞き耳を立てる仕草をするので、母が「どうしたの?」と訊く。もうほとんど口がきけなくなっていたが、彼ははっきりと言った。鈴の音が聞こえる、と。それは死ぬ者が味わう幻聴のようだった。次の日、耕作は息を引き取る。

  松本清張が単に社会は推理作家ではない真骨頂はここから発揮されるのである。いつかその辺も書いてみたいのだが、松本清張は鴎外漱石に比肩する日本文学史上傑出した純文学作家であるというのが、みこちゃんの確信だ。


花も紅葉もなかりけり=「他に依存するもの」が崩壊する段階だ。せっかくその病をおしながら蒐集した資料であるが、全部無駄になってしまう。ここは、実は涙もろいみこちゃんは、涙なくしては要約できない、というか、ほんとはしようと思ったんだけど、だめだ、こんな文学を読まされては冷静に文芸批評活動などできないので、清張の末尾の文章をそのまま引用する。

昭和二十六年二月、東京で森鴎外の「小倉日記」が発見されたのは周知のとおりである。鴎外の子息が、疎開先から持ち帰った反古ばかり入った箪笥を整理していると、この日記が出てきたのだった。田上耕作が、この事実を知らずに死んだのは、不幸か幸福かわからない。

 花も紅葉もなかりけり……だ。

 これ以上もなく残酷で美しい場面だ。


浦の苫屋の秋の夕暮れ=これは、田上耕作が病にて、この世から消え去ったときに初めて出来する「真如」だ。真実の世界など、真実の情報の伝達などどうでもいいではないか。そこには、ひとつの完全と言っていいような「美」が存在している。

 いや、美なるものは、実在ではなく虚構の中にしかいや、それも違う、虚構が真実の世界の中に裂け目としてかまいたちのよう真空をつんざいて性起する暴力的な、プロセスを一切無視した結論なのではないか。運命愛すら感じるいとまもないような瞬間的な容赦ない人間存在の破壊、それが美の本質ではないだろうか。しかし、その破壊がこの上なく甘美であることはいうまでもない。


 田上耕作の人生を徒労と考えるのも、天国の田上耕作を地上から慰めることも不適切だ。

 これは、美しかったんだ。

 美とはだから、言語論的には無意味なものである。私は、吉本隆明の著作はそれゆえに、ソシュールなどとは無縁どころか言語のフェティシズムとは正反対のものだと思われる。

 しかし、そしてその無意味なものは虚無とはいかなる観点からもさらにいっそう無縁であり、一見仮構の変転に翻弄され続けて一生を終わるかに見えるこの私達の生を、時折その裂け目から放銃される過剰な力で満たしてくれる実相そのものなのではないだろうか。

 だとすれば、私はやはり、その裂け目がいかにして生じるのかを追求してみたい。それは、ミシェル・フーコーがきっちりやってくれているので、まずはそれを手がかりにすることにしよう。


(^▽^)

 ということで【文芸評論集】或る「小倉日記」伝論~存在しないものの美学序説、というのが終わって、これから本説が始まるのか、と思うでしょうが、これでおしまいです(爆)。

 この続きは「真夏の死角」の続きの中で完全に書きつくします。現在1/3終わっています。次の1/3は、フーコーの考古学あるいは藤原定家の和歌を私自身が推理小説という表現形式の中でやってみせます。

 フーコーを読んだことがないから、そんなの知らない、という人はおすすめの哲学者なので一度是非どうぞ。

「真夏の死角」の予告編としては、これでは不親切なので、「真夏の死角」の続きは「或る「小倉日記」伝」のような小説になる、とイメージしていただけたらと思います。

 まだいろいろ整理してから取り掛かりたいと思っていますので、お楽しみに!


じゃねーまたーねー
〜٩(ˊᗜˋ*)و



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