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【長編小説】真夏の死角69 中国国家の不都合な真実

「そんなわけで、中国政府は日本人抹殺計画とも言える偽札計画を持っているわけですが……」
 アイデルバーグが言葉を継いだ。

 田久保を始めとして、美姫、槇村慶次も国際政治の裏側の真実を垣間見たショックからすっかり口が重たくなっていた。

「もっとも、中国もまた自国の内部に大変な危機を抱えています」

「と……いいますと」田久保が慎重な面持ちで尋ねる。

「田久保さんは、北京愛国、上海出国、広州売国という言葉を聞いたことがありますか?」
 アイデルバーグは微笑みながらそう言った。

「北京、上海、広州……中国の巨大都市ですね」

「ええ、巨大都市であるとともに、ひとつひとつが独立国家のようなものです。中国人にとっては、この北京、上海、広州というのは、日本人と韓国人くらいの距離感があります。」

「日本人と韓国人?」田久保は怪訝な顔をして聞き返した。

「ええ、要するに、同じアジアと言っても日本と韓国は全く違うでしょう」

「それはその通りですし、日本と韓国が同じだなどと言ったら、それこそ怒り出す日本人や韓国人はいっぱいいるでしょう」

「それです」アイデルバーグは我が意を得たりとばかりに頷いた。

「北京、上海、広州は一つの例ですが中国では一応、中華人民共和国という一括りになっていますが、言葉も文化も考え方も違う巨大な政治経済、文化圏があるのです。それを共産党政権が強引に抑え込んでいる、と言っても過言ではない」

「なるほど、北京語、上海語、広東語はお互い通じない、といったことは訊いたことがありますね」

「そうです。そればかりではなくそれぞれの地域によって、中国の未来、中国の夢の考え方も違うのですよ」

「なるほど……」

「上海人は昔から中国からの脱出ばかり考えています。海に面した土地柄ということもありますし、長らく外国の租借地だったという事情もあるいでしょう」

 アイデルバーグの言葉に田久保が頷いた。美姫も槇村慶次も何となく分かる話だったので、こっそり小さく真剣に頷いていた。

「広州売国……というのは」田久保が興味をそそられて先を促した。

「広州人は商売の為なら国を滅ぼしてもいいと常に思っています。そういう意味では北京に対するもっとも急先鋒な批判勢力がここにいますね」

「なるほど……そして北京愛国……」

「それは一応共産党政権が北京にあるからということですが、実態は違います」

「ほう……というと……」

「華僑や中国共産党要人の間では密かに、北京脱国と言われていますね。広州人は国を出るだけ。出た後にも故郷である中国があることは望んでいる。でも北京の人間は中国という国家そのものから永遠にさよならしたがってます」

「北京脱国……?広州人と違って中国という国が無くなっても良いと考えている……?」

「ええ。愛国を叫んでいるのはほんのごく一部の人間で、習近平国家主席を始めとして、実は共産党の有力者はことごとく中国を捨てて海外に脱出したいと考えている、というわけです。広州人のように捨てた故郷でも存続して欲しいとも思っていません」

「なんですって……?そんなバカなことが……」田久保はさすがに驚いて聞き返した。

「現実に、習近平を始めとして政府の高官は全員海外に巨大な資産を持っています。パナマ文書で一部が明らかになってしまいましたが、例えば習近平は実姉と義兄を経由するなどして、海外に不正蓄財をしていますが、なんとその金額は……」

 ここでアイデルバーグはいらずらっぽい顔を、実は食い入るように自分を見つめていた槇村慶次に向けた。

「分かるかい、君」

「は!俺ですか!ええと、すごい金額だと思います。もしかして1兆円くらいですか」

「いくらなんでもそんなにあるわけ無いだろ、バカだな慶次は」隣で美姫が笑った。

「ははは、まあそれが想像力の限界かもしれないね」
 アイデルバーグなおも親しみのこもった視線を槇村慶次と美姫に注いだ。

「本当の数字は110兆円だよ」

「ひゃあくう!?」
「じゅー」

 慶次と美姫が素っ頓狂な声を上げた。

「本当ですかその数字は……日本国家の年間予算とほぼ同額です」田久保も驚いたようだった。

「そうです。日本と同レベルの国家を習近平たった一人の財産で作ることができるというわけですね。中国が破綻したら、もしくは自分が共産党最高指導者を追放されたら、自分の資金で独立国家をひとつ作ればいいだけの話です。もちろん、再び彼は彼の国の独裁者となります。ですから、これはちょっと小遣いを貯めておくとかではない。習近平だけでなく、実は他の幹部連中も全員こういう規模の資産を海外に移しています。これは何を意味するか分かりますよね」

「日本を破滅させるどころか……」田久保がゴクリとつばを飲み込んだ。

「そう。中国要人は中国という国家が破産することを前提として今、国家を運営しているのです」

「破産前提……」

「そう、そしてその時に自分たちの財産を守る鍵となるのが、東北帝国の金塊だと彼らは考えているのでです」

「東北帝国の金塊が中国崩壊の、そして、共産党幹部たちの財産を守る鍵に……」

 田久保は必至に想像力を巡らそうとしたが、頭の中は空白のままだった。



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