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【長編小説】真夏の死角67 中国の欲望

「しかしそれにしても、驚きですな」
 田久保は言葉を続けた。

「どの部分でしょうか」
 アイデルバーグは田久保の訝しげな表情にわずかにうなずきながら尋ねた。確かに凶悪犯人の捜査が専門である捜査一課の刑事ではあっても、この一連の情報は驚きの連続であった。

「いや、捜査上のことはいろいろ裏を取る必要のある興味深いことがもちろんたくさんあります。私が今言ったのは、その……」
 田久保はそう言って景子の方をちらっと見た。アイデルバーグもまたその視線につられそうになったが、田久保がこれから話す内容を察したアイデルバーグは自分では景子の方を見ることを遠慮したようだった。

「中国の性事情といいますか……日本のアダルト系の文化がそんなにもてはやされていたとは……」

 アイデルバーグは予想通りの質問に軽くうなずいた。
「そうですね。経済発展とともに中国の性文化もかつてのイメージとはまったく様変わりしています。もちろんそういう事情はおおっぴらには報道されませんから、海外でも知られていませんが、薬物を使いながらの乱交パーティーみたいなものは、もう普通に行われていますよ」

「なるほど、米国並みにそういうドラッグ系の文化も浸透したということですか」

「もともとアヘン戦争があったように、中国では薬物中毒者というのは珍しくありません。ただ、最近の特徴はアッパー系の薬物が増えたことですね。昔はアヘンのようなダウナー系のものがやはり主流だったんです。中国人のイメージとしてはドラッグというのは、気分をリラックスさせ浮世を忘れられるというイメージでした」

「ほう……それが事情が変化した……」
 薬物押収などは基本的には捜査一課ではなく生活安全課や元締めに関しては組織暴力団対策として第四課が担当するが、捜査一課の田久保としても薬物乱用の事実には大きな関心を持っていた。凶悪犯罪を捜査することが使命の捜査一課においても殺人や強盗などの薬物乱用による錯乱や、薬物欲しさによる凶行というのは無視できない割合を占めている。

「最近は摇头丸、通称MDMAが浸透していますね。これはいわゆるアッパー系と言われるやつで、コカインを強烈にしたような刺激が得られます。面白いと言っては何ですが、中国では農村部では未だにダウナー系のK粉と言われるものがよく使われます。ところが発展著しい都市部では摇头丸が爆発的に流行しています。要するに摇头丸で気分をハイにして仕事に没頭したり、交渉事をうまくまとめたりといったことを目的としているからです。つまり経済発展とともに中国の薬物事情も変化しているんですよ……」

 アイデルバーグは職務上必要なのか、まるで見てきたかのように中国の薬物事情をスラスラと語った。精鋭のモサドであるアイデルバーグのその目には、当然道徳的なニュアンスを含むような何の感情も一切なかった。

「経済力を付けた庶民に一気に広がったというわけですね」田久保は驚きを隠しながら相槌を打った。

「いや、それが庶民ばかりではありません。摇头丸は中国高官の間でも流行していまして、なんとこれが贈答品として贈られるという慣行までありました。習近平の腐敗防止キャンペーンで厳しく取締られた結果、表では目立たなくなりましたが、一度薬物に手を染めた人間が取り締まりが強化されたくらいでそれを手放すわけがありません。今なお、闇ルートで中国高官の多くは摇头丸を楽しんでいると言われていますよ」

「なんと……。官僚の贈答品として……というのはさすがに日本では耳に入ってきません。その辺の事情は日本をとっくに追い抜いて米国に近い状況になっているかもしれませんな」

「ふーむ……」アイデルバーグはここで言葉を一端口の中で咀嚼するように間を取った。

「田久保さん。摇头丸なんですが、アッパー系ドラッグの使用方法としては、こういうことは田久保さんの方がお詳しいと思いますが、とくにそれを使用して行う性行為、セックスにおいてもっとも強烈な効果を発揮すると言われていますね」

 田久保はここで話の流れが、中国の政府高官の間で日本のアダルト文化が流行している、という話になっていくことを予感した。目の端で景子を見ると、落ち着いた顔で透明な目をしていた。今こうして目の端で見ても景子は魅力的だった。中国の高官が摇头丸を服用し、性的なパーティーを行い、そしてその余興としていつも話題に上がっている日本の伝説のポルノ女優をぜひそのパーティーに招きたい、そんなことを考えても不思議はないだろうと思われた。

「庶民の間でも日本人の風俗嬢はもてはやされていますよ。例えば、中国庶民の一部の間で行われているのが謝罪レイプという遊びです」

「謝罪レイプ……」田久保はその言葉に邪悪などす黒い欲望を感じて聞き返した。

「なんとなく想像はつくと思いますが……まあ酷い話です。日本人女性に第二次世界大戦時のことを土下座させるなどして謝罪させ、戦前日本人が中国人に対して行ったの口汚く罵り、涙を流すことを強要し、イスに縛りつけるなども中にはあるそうですが……、最終的に謝罪の言葉を限りなく言わせて、悪かったと思うなら罰を受けろ……とまあ……」

「最終的な行為に及ぶ……」

「まあ、プレイですからね。日本人女性も納得の上で割増料金をもらってっやっているわけですから、他人がとやかく言う問題ではないかもしれません。ただ、その日本人がやった行為を謝罪させると言っても、反日教育であることないこと洗脳されていますから、事実無根のことを政府の人間ではなく、日本人風俗嬢が謝罪させられるというのも問題がありますね。最近は日本政府もかつてのように言われたら言われた分だけすべて、あるいはそれ以上に謝罪するということはしなくなりました。ですから、こうやって風俗嬢に謝らせてレイププレイをすることでうっぷんを晴らしているのかもしれません。庶民のお遊びです。」

 イスラエル人のアイデルバーグはそう言ったが、田久保としてはやはり衝撃を受けた。そんな場面ですらも江沢民の反日教育は浸透している。もちろんこんな事情は日本ではまったく知られていない。しかしこれは、政治的な強制力がないので問題にならないとはいえ、やっていることは従軍慰安婦問題などを遥かに凌駕する真っ暗闇の秘事ではないだろうか……。

「……まあちょっと衝撃的な話だったかもしれません。もちろん政府高官の間で流行している日本のアダルト文化はこうした問題行動は……」

「表に情報が出てこないだけでは……?」

「それは私にはなんとも言えません。とにかく政治とセックスは切り離せない、というのはどこの国でも真実のようですな」

 田久保とアイデルバーグはそこで沈黙した。


「そうですね……政治とセックス」
 沈黙していた景子が口を開いた。

 その場にいる全員が一斉に景子を見た。美姫と槇村慶次にとってはどぎつい話でもあったが、聞くことが必要なのだと二人とも思っていた。

「何度か中国に招待されたことがあります。そのときは終始VIP扱いでした」

 一同は次の景子の言葉をじっと待っていた。


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