影の中の真実(第3話)
act.3
女の私がみてもきれいな人だった。
道を歩く多分男性が三度見するような。
その女性の霊、とりあえず霊なんだろな。
しずかに詩を詠むように、私に対して――というより、
私だけが見える往来の皆さんに静かに歌いだした。
何が欲しいというの
私 それとも愛
つばさいやす鳥たちも
私を欲しいとさわがしい
こわれたおもちゃ箱を 子供みたいに
抱えこんで 涙ぐんで
それでどうなるの
何が欲しいというの
私 それとも愛
疲れはてた心には
やさしくしないで させないで
誰でも昔話 ひとつやふたつ
大事そうに 語るけれど
それでどうなるの
父には聞こえていなかったようだった。
私が街路樹のベンチに座り込んだので、一緒に横にいてくれたけど。
父の見えてない人たちはみんな、そのお姉さんの方をなんとなく向きながら立ち止まって振り向いた。
棒立ちになって。
ある方は私の父の反対側の隣のベンチに座った。
前歯がかけている、これ以上柔和な顔ってあるのっていう80歳位の方でした。
かわいた暖かい手で私の手を握った。
私はそれ以上に強く握り返した。
曲が終わる頃には最後はお互いの手が汗ばんだ。
その汗の感覚が、これが夢じゃないんだって、涙止まらなかった。
おじいちゃんの欠けた前歯がなんだかかえって、似合ってて魅力的だったのが不思議な気がした。
通行人はそれを一顧だにせず通り抜けていく。
父はわけも分からず、肩をしっかり抱いてくれた。
思いっきり寄りかかった。
その瞬間お姉さんも、父にも見えない人たちは全て消えてしまった。
私は大粒の涙をたくさんがなした。
理由も聞かずに父はまた、私の肩をもっと強く抱いてくれた。
泣きはらして顔をあげて、公園の街灯の下の砂場に映る自分の影を見たときには、私の通りの髪型が映っていた。
私は指で、そのお姉さんの顔を思い出してその影を1時間ほど上書きした。
「またね」
おねえさんの声が聞こえた。
様子がおかしいと思った父は、タクシーを呼んでくれて家まで帰った。
何万円もかかったと思うけど、ごめんなさい。
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