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【長編小説】真夏の死角56 大和民族先祖の真実

「ありがとうございます」
 田久保はとりあえず、景子に礼を言った。何もかもが日常世界からかけ離れすぎており、しかしながらその日常から逸脱した世界はメビウスの輪のように、辿ったねじれた路が日常に直結している。

 これまで自分が生きてきたこの世界が二次元の平面上だとするならば、そこに高さが加わって三次元になったような感覚だった。いや、曲がりなりにも今まで三次元の世界で生きてきたのだから、この時空がねじれたかのような感触はつまり四次元の世界を垣間見たような感覚と言えるかもしれない。沈黙が自分をその四次元の世界に否応なく引き込んでいくように身構えているように感じられ、田久保は沈黙に耐えられず口を開いた。

「東北にもまた京都と同じような六芒星に則った都市の形象が存在するらしいということはわかりました。しかし……」

「はい」
 景子はどんな質問にでも答えられるといった風で、泰然自若として田久保の言葉を待っていた。田久保にとってはその泰然自若とした景子の様子そのものが、景子がこちら側の人間ではなく、あちら側の人間であり、たまたまあちら側の世界から顔を突き出すようにして、こちら側の世界を垣間見ているように思えるのだった。

「東北のダビデの星の結界と、京都のダビデの星の結界には何らかの関係があるのですか。なんと言いますか、お互いが影響しあっているといったような……」

 完全に捜査とは無関係な質問になってしまったことに田久保はもちろん気がついていた。しかしながら、この仙台国際グローバル大学という魑魅魍魎たる犯罪空間に退治するためには、まずは景子の突きつけたこの荒唐無稽とも言える世界について一旦はそれを理解する必要がある。最終的にそれがお時話であったとしても、今自分が感じ始めているようなこの圧倒的なリアリティは動かしようもなく、それを仮に否定するのであれば否定するなりの根拠が必要であり、それを曖昧にしたままこの捜査を継続することはおよそ不可能事であると田久保には思えたのだった。

「東大寺の大仏はご存知ですね」

「は……い」田久保はただそう答えた。

「東大寺の大仏には奥州藤原氏領土、つまりあの仙台六芒星から少し北にある平泉あたりで採掘された金が使われているのです」

「平泉というと、中尊寺金色堂のあれですね」

「そうです。黄金の国ジパングというのは伝説ではなく、東北地方では本当に何もかもが黄金で作られたような世界が一時期あったのです」

「マルコポーロの話は実は本当だったわけですね」

「そうです。続日本紀には「陸奥国始貢黄金。於是。奉幣以告畿内七道諸社」という言葉があり、当時東大寺の大仏がほとんど出来上がっていたのに肝心の金箔を塗ることができないと嘆いていた聖武天皇に、突然東北の田舎から「金が大量に算出されました」という報告があったということみたいです」

 景子は写真アルバムを更にめくり、そこに挟んであったカラーの観光案内を開いて説明した。写真アルバムのページには、中尊寺金色堂の写真を背景にした景子と澤田哲夫が写っていた。

「日本国の黄金を巡って、東北の結界と京都の結界は地続きにつながっていた……」

「聖武天皇はあまりに大量の砂金の献上にいたく喜ばれて元号を「天平」から「天平感宝」と改めて、歌人として有名な大伴家持は万葉集に「天皇(すめろき)の 御代栄(さか)えむと 東(あづま)なる 陸奥山(みちのくやま)に 金(くがね)花咲く」と歌ったそうです」

「しかしそれほどまでに大量の砂金というと、採掘することも大変だったろうに……」

 ここでまた、景子が我が意を得たりばかりに微笑んだ。

「辺境の地である東北藤原氏の先祖にその採掘技術はありませんでした。その採掘技術を持っていたのが、古代エジプトに支配されていたユダヤ人たちです」

「エジプト時代のユダヤ人」

「ピラミッドのお供物、というんでしょうか。いっぱい金が使われていますよね」

「確かに……」

「あのエジプトの宝物にふんだんに使われた金はナイル川から古代ユダヤ人が採掘したものです」

「渡来人というと朝鮮半島からやってきた人たちと、昔学校で習った気がしますが……」

「実はそれ以外にも、イスラエルの地を追われたユダヤ人が当時大量に日本にやってきていたのです」

「……それで、京都の著名な神社の紋章にダビデの星が……」

「そのとおりですわ。その中でも最も有力な豪族が秦氏です。ユダヤがなまって、ユタ、ユダヤの旗を掲げる十支族の末裔、ユハタ、ハタ、というわけですね。太秦という映画のロケ地で有名な場所がありますよね」

「ええ」

「あそこは、ユダヤ人の秦氏の大本営だったところです……」

「そうだったのですか……」

「でも、ユダヤ十支族が日本に来たのはもっと遥か前です」

 景子はそう言ってアルバムを閉じた。すでに頭の中にそれは事実として認識されているのだろう。

「いつからユダヤ人は日本の地に……」

「大和民族が誕生する以前にです」

「!?ということは……」

「大和民族はユダヤ人の末裔だったのです」

「……」

 田久保は強い喉の乾きを覚えて有田焼の茶碗に手を伸ばした。すでに茶を飲み干していたことも忘れて、そのまま湯呑の底に目を遣った。そこにはダビデの星六角形のマークが揺るぎない真実を突きつけるようにくっきりと浮かんでいた。


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