【長編小説】真夏の死角52 仙台国際グローバル大学の実態
言いようのない重苦しい気分に打ちのめされながら、田久保は捜査一課の自分のデスクに戻った。捜査一課長はすべてを事前に知っているようで、あらためて口頭でなにか言うこともなく、田久保の目を見て軽くうなずいただけだった。
まさか、この任務が田久保の警察組織における不正行為処理と一つになっていることまでは知らないだろうが、田久保は捜査一課にいながら左遷されたような、いや、生きながら殺された、文字通り飼い殺しの状態でそこから一歩たりともどこにもいけない自分を自覚せざるを得なかった。
夕方までに宮城県警とも連絡を取りながら、仙台国際グローバル大学について調べたことは下記のとおりだった。田久保はワープロソフトにまとめた自分の捜査資料を眺めながら、深くため息を付いた。
確かに極めて高度な事件性の匂いがぷんぷんしており、捜査に着手する前からその魑魅魍魎たる暗雲がまるで地獄の闇のように田久保を容赦なく包んだ。
学校法人 仙台国際グローバル大学について
理事長および副理事長が小谷一族で占められているのはもっともなこととして、田久保は、事務局長以下の人間にただならぬものを感じた。
澤田……。念のため所轄の失踪届を電話で確認したところ、失踪により経営陣に名前だけ残っている澤田哲生は、やはり元大手ゼネコン社員の澤田明宏の父親だった。
また、堂本公康の名前にも見覚えがあった。組織暴力対策の四課に確認したところ、神戸に基盤を置く日本最大の指定暴力団直系の禊道会筆頭若頭だった。
アビクドール・アイデルバークについては、イスラエル国籍というのが気になり、今朝ほど署長室で引き合わされた外務省外事課外事調査官、佐藤公春に確認したところ、表向きは日本で貿易商を営む会社社長だが、イスラエル諜報機関であるモサドの工作員、つまり国際的に暗躍するスパイである可能性が極めて高く、外務省でもマークしていた人間であることが判明した。
また、宮城県警に確認した仙台国際グローバル大学を巡る最近の動きは異様の一言に尽きるものだった。
仙台国際グローバル大学経理課出納長への拉致監禁恐喝事件(有罪確定)。同じく庶務課課長の詐欺疑惑(起訴見送り)、小谷一郎理事長の個人資産不当処分提訴事件(民事裁判続行中)、トランプ前大統領の支持基盤である米国福音派協会を除名になった前アジアパシフィック代表モーリス・スタンレーによる学校法人仙台国際グローバル大学グループ買収事件、仙台国際グローバル大学幼稚園の不正入学疑惑、仙台国際グローバル大学グループ全体に及ぶ学費不正流出、使途不明金疑惑、仙台国際グローバル大学議事録偽造事件、学長小谷一郎の不当解任、地位保全提訴事件(一時イスラエル国籍の人間が学長であったが、訴えが認められ小谷一郎が復帰)。
ざっと2年間の間にこれだけの事件が一つの学園グループを舞台に起きている。
さらに事件関係各者は、宮城県警からの情報でざっと把握しただけでも、元首相、先の参議院選挙で結成された新党党首(現在現職の参議院議員)、現職文部科学大臣、文部科学副大臣、建設族国会議員多数、文部官僚、建設官僚、日本体育協会幹部、日本私立大学連盟幹部、日本キリスト教私学振興連絡局幹部、日本神学学校連盟理事長、ゼネコン幹部、大手不動産会社社長、県職員幹部および有力OB、はては右翼団体、日本における主要な暴対法指定広域暴力団総長、理事長、相談役。新興宗教はキリスト教系から仏教系、神道系まで著名なところはほぼすべて。共産党系の諸団体も多数顔を出している。
ここまでで、田久保は理解した。
ここまでの事件になると、宮城県警はおろか、県警が中央政界疑惑解明で東京地検特捜部と連携しても扱えるものではなかった。イスラエル国籍のスパイまで絡んでくるとなると、当然外務省外事課がからんでくるし、政治家との関係も浮上しているので、日本全体のインテリジェンス部門を統括する内閣情報調査室との連携も欠かせない。
だれもが及び腰で本格的な調査ができなかったこの事件はおそらく、関係省庁の間でたらい回し、責任のなすりつけ合いのまま、いたずらに時が過ぎていったのだろう。
当たり前だ。こんな事件がそう簡単に解決できるわけもなく、もし任期中に解決できなければキャリア官僚にとっては自分の経歴に致命的な汚点がつくだけだ。
しかし、そんな官僚の保身の中でたらい回しにされてきたこの巨悪の巣窟、おそらくロッキード事件やリクルート事件などが芥子粒のように見えてくるようなレベルのこの一連の犯罪、及びまだ明るみになっていない事件性は、着実にそのぬるま湯の中で培養されてきた。
その培養された国家でさえも死に至らしめるような致死性の毒は、政界、財界、国際関係のあらゆる部分にまでまきちらされていたのだった。
夕方宮城県警より特別便で届いた事件関係者の調書を深夜に至るまで丹念に調べた田久保は、仙台国際グローバル大学事件群調書の中に離島殺人事件関係者リストに記載されている人間すべての名前を確認した。
もちろん、すべての名前が脳裏に刻み込まれているが、田久保は早鐘のように不安をかき鳴らす己の心臓を鎮めるため、警察手帳に挟み込んであるリストを取り出して眺めた。
普通に生きる人間が知ってはならないことがここにはある。この事件が解決できてもできなくても、自分は再び、元の田久保秀明に戻ることはないだろう。
田久保は静かに、己のわびしい葬儀の祭壇の上の自分の白黒の遺影が、自分に寂しく笑いかけるのを感じた。
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