Mooncakes(グラフィックノベル)

魔女の少女ノヴァの住む町に、幼なじみのオオカミ人間タムがもどってきた。タムは女性として生まれたが、現在はノンバイナリー。おたがいに好きだったふたりは再会にときめくものの、タムがこの町にきたのは悪霊を退治するためだった。ふたりは、ベテラン魔女であるノヴァの祖母たちの力をかりて、悪霊とその背後にいる魔女に立ち向かう。

作:Suzanne Walker(スーザン・ウォーカー)
画:Wendy Xu(ウェンディ・シュー)
出版社:Oni Press(アメリカ/ポートランド)
出版年:2019年
ページ数:243ページ
ジャンル・キーワード:ファンタジー、グラフィックノベル


おもな文学賞

・Goodreads賞グラフィック・ノベルおよびコミックス部門ファイナリスト(2019)
・CYBILS賞(児童書・YAのブロガーによる文学賞)最優秀ヤングアダルト・グラフィック・ノベル部門ファイナリスト(2019)
・ヒューゴー賞グラフィック・ストーリー部門ノミネート(2020)
・ALAレインボー・ブック・リスト(LGBTQ関連の文学賞)トップ10選出(2020)

作者について

スーザン・ウォーカー
シカゴを拠点とするライター・編集者。SF・ファンタジー雑誌等にフィクション短編やノンフィクション記事を寄稿している。SF・ファンタジーにおける障がいの描かれ方や、社会の周辺にいるクリエーターのために多くの講演をおこなっている。

ウェンディ・シュー
ブルックリンを拠点とするイラストレーター・漫画家。さまざまなSF・ファンタジー雑誌やサイトに寄稿している。『Mooncakes』は1冊目のグラフィック・ノベルで、今年、来年と新作を発表する予定だ。ジブリ好き。

おもな登場人物

● ノヴァ・ファン:魔女の家系の少女(おそらく高校卒業したて~卒業後1年程度)。耳が不自由で、補聴器をつけている。
● タム・ラング:ノヴァの幼なじみのオオカミ人間。満月の晩にオオカミに変身する。女性として生まれたが、現在はノンバイナリー(トランスジェンダーの可能性もあるが、明記されず)。両親は離婚し、母親の再婚相手とは不仲。1年ほど前に家出し、悪霊を追っている。
● クィリ・ファン:ノヴァの祖母の魔女。中国系。
● ネチャマ:クィリのパートナーの魔女。ユダヤ系。
● ミセス・クロウフォード:近所に住む魔女。地域の活動にも積極的に参加していて、タムが子どもの頃よく面倒をみてくれた。
● タチアナ:ノヴァの友人で、人間の少女。ノヴァが魔女であることを知っていて、さまざまな場面でサポートする。魔女に対する科学的好奇心も持っている。

あらすじ

※結末まで書いてあります!

 魔女の少女ノヴァは、祖母クィリとそのパートナーのネチャマとともに暮らしていた。ニューイングランドのとある町で、家は「黒猫」という名前の書店兼カフェを経営している。表立っては宣伝していないが、魔女や魔法に関する本がたくさんあり、それを目当てに来る人もいた。
 人間の友人タチアナから、森のはずれに白いオオカミが出没していると聞いてノヴァが調べにいくと、幼なじみのオオカミ人間タムだった。タムは幼い頃この町に住んでいたが、その後各地を転々としていた。ノヴァはタムが立ち向かっていた悪霊を魔法で追い払うと、人間の姿にもどったタムを連れて帰った。ふたりの祖母もタムを懐かしがり、あたたかく歓迎した。
 離れ離れになる前、おたがいを好きだったノヴァとタムは再会の喜びをかみしめた。しかしタムがこの町へきたのは、悪霊を退治するためだった。タムは何者かに狙われて家を出たのだが、調べていくうちに悪霊を追うことになり、この町にたどりついた。ノヴァとタムが見たのは馬にのりうつった悪霊で、退治するにはオオカミの魔法が必要だったが、その魔法を引き出す方法がわからなかった。ふたりは、祖母たちとタチアナの助けを借りて、オオカミの魔法を調べる。タチアナも幼なじみで、タムのことを覚えていた。タチアナはノヴァ一家が魔女だということも知っていて、科学的好奇心もあって前々から魔法の実験や調査を手伝っていた。
 ノヴァとタムとタチアナは家の蔵書を調べたが、オオカミの魔法は新しい魔法で、資料はほとんどなかった。タチアナがベビーシッターのバイトに行くと、ノヴァとタムは息抜きに散歩にでかける。思い出の場所を歩きながら、ノヴァはタムがいなくなってから誰かと親しくなるのが難しかったこと、フェイスブックなどで探したけど見つからなかったことを話した。タムもずっとノヴァのことを気にかけていたと伝え、ふたりはキスをする。
 自分たちも悪霊退治をしたくてしかたがなかったクィリとネチャマは、ノヴァたちがいないあいだに森にいき、悪霊を魔法の檻に閉じこめて、森の精霊たちに監視をたのんだ。しかし、悪霊にはふたりも知らない魔法が働いていた。森のはずれに住むミセス・クロウフォードの馬に憑依しているようだった。ミセス・クロウフォードも魔女で、地域貢献に積極的に参加している人だ。タムが小さかったころ、義理の父とうまくいかなくて家に居場所がなかったときは、ミセス・クロウフォードの家で過ごしたという。しかしノヴァはあまりミセス・クロウフォードのことが好きではなかった。ノヴァが魔法を使うとき、いつも監視されているような気がしたからだ。
 これといった解決策がないため、ひたすら書物にあたり、新しい魔法を実験する日々が続いた。今年はユダヤ教の仮庵の祭りと中国の中秋節が重なるため、庭に仮庵を建てて家族を招き、中秋節に欠かせない月餅(ムーンケーキ)を食べる。満月の前日、ノヴァの両親とおば家族がきた。両親は亡くなっているので、幽霊の姿で登場だ。いとこのテリーは首から上と足が鳥という不思議な姿をしている。ノヴァは家族にタムを紹介した。久しぶりの団らんを楽しむが、母はノヴァが修行に出ずに家にいることに難色を示し、ノヴァは気まずい思いを味わう。家でも祖母たちに魔法を教えてもらえるし、おばさんは時代が違うとフォローしてくれたが、修行しなければ一人前になれないかも、というのは自分でも感じていた。
 翌日、満月のもとでタムはオオカミに変身する。悪霊の檻の前で魔法を試すが、まったくなにも起こらなかった。ノヴァは、魔女同士がつながりを強め、高めあうための魔法をタムと試す。効果があるかはわからないが、お互いのことを深く知ることができた。
 夜、タチアナから奇妙な光を見たという連絡がはいったのでかけつけると、ミセス・クロウフォードが悪霊を檻ごと運んでいた。しかも、悪霊を退治するのではなく、封印を解こうとしていた。ノヴァは補聴器を使って魔法を増幅させ、ミセス・クロウフォードを倒す。悪霊を檻ごと家に運ぶと、クィリとネチャマが倉庫に封印した。ミセス・クロウフォードが絡んでいたことにタムはショックを受ける。実はタムの義理の父がミセス・クロウフォードと共謀していたのだ。ふたりはおなじカルト集団に属し、悪霊の霊媒となるオオカミ人間を探していた。義理の父は、だからタムの母親と結婚したのだ。タムはミセス・クロウフォードも同じカルトのメンバーとは知らなかった。クィリとネチャマは休息が大事だといってタムとノヴァを休ませるが、タムは寝つけず、倉庫を開ける。しかし、待ち伏せしていたミセス・クロウフォードにつかまり、悪霊とともに連れ去られた。

 クィリとネチャマは魔法を駆使してタムの居場所を特定した。知らせをうけたタチアナは、消耗しきっているノヴァを励まし、ミセス・クロウフォードと対決する準備を手伝う。森の精霊たちも応援にかけつけ、ノヴァたち魔女と人間はほうきに乗って洞窟に向かった。
 洞窟にはカルトのメンバーが集まっていた。タムの義理の父もいた。精霊たちを筆頭に突撃し、タムを解放するが、ミセス・クロウフォードは儀式を遂行し、タムの体に悪霊を憑依させる。タムはオオカミの姿になり、魔法も効かなくなった。タムの魂は悪霊の魂に触れ、悪霊も自分と同じように孤独を味わっていたこと、悪霊もまた魔女の儀式にかけられていたことを知る。タムは悪霊をなだめ、愛している人のところにもどらなくてならないと語る。悪霊は吐き出され、タムは人間にもどった。オオカミの魔法が覚醒し、タムは悪霊にとりついていた霊魂を解放する。すると、悪霊は元の姿にもどった。森の精霊のひとりだった。
 クィリとネチャマはミセス・クロウフォードを縛り上げた。魔女審議会につきだす予定だ。タムは義理の父に、母にすべてを話せと迫る。義理の父は聞く耳をもたないが、タムも負けない。いまはもうひとりではなく、一緒に立ち向かってくれる仲間がいるのだ。
 2日後、両親の幽霊がたずねてきた。ノヴァは両親と祖母たちに、修行に出ようと思っていると伝える。大変なことだけれど、挑戦してみることにしたのだ。タムは、この町に住んでいたときの家にノヴァを連れていき、裏庭に埋めていたビンを掘りだした。なかにはいっているミサンガを渡す。キャンプで一緒につくったものだ。ノヴァが修行に出ることを伝えると、タムもついていくと言った。ノヴァがいる場所が、自分の居場所であり家だからだ。ふたりは、いままでずっと言いたかった言葉を伝えあった。「愛している」と。

 魔女のノヴァとオオカミ人間タムの、キュートなパラノーマル・ラブストーリーだ。魔女で同性愛者の祖母たちは、初々しいふたりをひやかしながらもあたたかく見守る。タムは女として生まれたが、中性的な外見で、自分を「theyで呼んで」と言うノンバイナリー(あるいはトランスジェンダー)だ。そしてノヴァは耳が不自由だが、そのハンディキャップを強さに変えている。
 これだけでも時代の先端を行く設定だが、魔法もトラディッショナルなものとは限らない。着替えや配膳にも使うが、実験を重ねて新しい魔法を作ったり、補聴器を魔法の増幅器に変えることもあるのだ。
 そして唯一、特殊な力を持たない人間として登場するタチアナは、ごくふつうの女友達で、おたがいに困っているときは助けを求め、恋バナにもりあがる。魔法では解決できない問題や心の葛藤をやわらげ、力を与えてくれる、欠かせない存在だ。
 個性的なキャラクターが集まっているものの、ストーリーは追いやすく、すんなり楽しめる。おそらく、絵だけに語らせている場面も多いからだろう。タムがあまり語りたくない親とのいさかいや、三つ編みをバッサリ切って自分らしく生きることを決めた過去は、ほとんど絵だけで表現されている。クィリとネチャマと森の精霊のやりとりも、言葉は使われていない。そして森の精霊たちは、ポケットモンスターのキャラクターのように丸っこいフォルムでとてもかわいらしく、表情も豊かだ。
 ウェンディ・シューはイラストレーターとしてクレジットされているが、ストーリー自体の構想にも大きくかかわっているようで、長年あたためていたアイディアを盛り込んだそうだ。ジブリが大好きで、全作品観ているとのこと。『魔女の宅急便』を彷彿させる設定や、黒ネコたちが活躍する場面があるのもうなずける。
 巻末には、10年ほど前にクィリが書いた手紙が載っている。ノヴァの耳のことを魔女仲間アリソンに相談する手紙だ。魔女の訓練を進めるなかで、耳が不自由なことで身につけにくい魔法が出てきたのだ。アリソンは、早いうちから補聴器に慣れれば、魔法の杖とうまく連動させられるとアドバイスする。おそらくこの返事に背中を押され、ノヴァに補聴器をつけさせることにしたのだろう。
 耳が不自由なこともあり、祖母たちに守られて生きてきたノヴァは、修行に出ることを決意する。母の言葉にショックを受けたこともあるが、自分に甘えがあったことも自覚していた。ノヴァとタムにどんな未来が待っているのか、とても楽しみである。

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