The Inheritance Games

エイヴリーはチェスや謎解きが得意な高校生だ。経済的には恵まれていないが、成績優秀なので大学進学には奨学金を狙っている。ところが大富豪の慈善家トビアス・ホーソンが莫大な遺産をエイヴリーに遺したことが発覚し、状況は一変。トビアスの家族は健在で、4人兄弟の孫もいるのに、なぜ――。屋敷には、謎解きや暗号を愛したトビアスによる、さまざまな仕掛けが隠されていた。エイヴリーは四兄弟とともにトビアスが遺した最後の謎解きに挑む。

作: Jennifer Lynn Barnes(ジェニファー・リン・バーンズ)
出版社: Little, Brown and Company
出版年: 2020年
ページ数: 378ページ
シリーズ: 全3巻
ジャンル・キーワード:ミステリー、謎解き、ヤングアダルト

おもな受賞歴

・エドガー賞YA部門ノミネート(2021)
・GoodreadsチョイスアワードYA部門ノミネート(2020)
・ニューヨークタイムズベストセラー
ほか、受賞・ノミネート多数

作者について

オクラホマ州生まれ。高校生の頃から創作を始め、大学1年生のときにデビュー作『Golden』(2006年。邦訳『オーラが見える転校生』(ヴィレッジブックス、鹿田昌美 訳、2007年))を発表。イエール大学で認知科学を専攻後、ケンブリッジ大学で自閉症の研究に携わった。心理学、精神医学、認知科学の修士を取得。20冊強のYA作品を発表しているが、『The Inheritance Games』で初めてニューヨークタイムズのベストセラーにランクインし、150万部を売り上げた。邦訳は上記デビュー作のみ。

人物相関図


あらすじ

※結末まで書いてあります!

 17歳のエイヴリーは、幼い頃から母親の編み出すゲームに親しみ、ゲームや謎解きが得意だった。毎朝高校に行く途中にも、ホームレスのハリーと朝食代を賭けてチェスをしている。母は2年前に他界し、エイヴリーは7歳年上の腹違いの姉リビーに引き取られた。リビーの恋人ドレイクも一緒に暮らしていて肩身は狭いが、リビーは優しく妹思いだ。
 しかしある日、大富豪であり慈善家でもあるトビアス・ホーソンの遺言書にエイヴリーの名前があることがわかり、状況が一変する。エイヴリーにはまったく聞き覚えがない人物だ。半信半疑ながらも、リビーと連れ立ってトビアスの大豪邸ホーソン・ハウスを訪れ、親戚一同とともに遺言書の開封に立ち会う。すると、トビアスは2人の娘、4人の男子の孫がいるにも関わらず、財産のほとんどをエイヴリーに遺していることが判明する。ただし、3日以内にホーソン・ハウスに引越し、1年間住むことが条件だ。断れば慈善事業に寄付される。
 エイブリーは戸惑いながらも、リビーとともに移り住む。広大なホーソン・ハウスにはホーソン家の全員が暮らしていて、トビアスの長女ザラ夫妻と次女スカイはエイヴリーを目の敵にした。スカイの息子である四兄弟の反応はさまざまで、長男ナッシュは遺産相続には興味がないと宣言し、次男グレイソンは何かの間違いだと怒りをあらわにし、三男ジェイムソンと四男アレクサンダーは静観していた。四兄弟とエイヴリーにはトビアスからの手紙も残されていた。しかし、エイヴリー宛の手紙には「すまない」としか書いておらず、謎は深まるばかりだった。
 エイブリーは一気にマスコミの注目を浴び、ホーソン家の顧問弁護士の娘アリサと、ボディガード兼運転手のオレンがエイブリーをパパラッチから守る。理由は不明のままだが、自由になるお金ができたことは嬉しく、エイヴリーはハリーに住む場所を提供してくれるようアリサに頼む。ホーソン財団を通じて福祉や芸術に貢献できることにも魅力を感じた。ただ、アリサはホーソン兄弟には心を許さないように、と忠告する。アリサは長男ナッシュの元婚約者だった。四兄弟はみな魅力的だが、状況が状況なだけにエイヴリーも心を開くつもりはなかった。
 
 ホーソン・ハウスは毎年拡張工事が行われ、いくつもの図書室やジムに加え、サウナ、ボルダリングスペース、4レーンのボーリング場まであった。秘密の通路も張りめぐらされていた。敷地内には森や小川もある。敷地内のウェイバックコテージには、雑務や料理を長年任されているラフリン夫妻が住んでいた。
 ホーソン兄弟は幼いころから毎週、祖父から謎解きやパズルの課題を出されていた。また、毎年誕生日には「投資、創作、修練」をモットーに、投資用の10,000ドルが渡されていたという。何に投資し、何を作り、何を習得するかは自由だ。その成果として、トビアスの書斎には四兄弟のトロフィーや賞状、特許証までがずらりと並んでいた。
 18歳の三男ジェイムソンは、祖父から課された最後の謎がエイヴリーだと考えていた。祖父からの手紙自体が、ヒントになっているという。四兄弟宛の手紙の内容は同じで、「本を表紙で判断するな」という格言の一部が書かれていた。ジェイムソンとエイヴリーは、図書室でカバーと中身が違う本を探すことにする。動向をうかがっていた次男グレイソンも加わった。
 
 エイヴリーは、ジェイムソンと四男アレクサンダーが通う高校に編入した。スィーアという女子生徒が接近してきたが、ザラの姪だと知ってエイヴリーは警戒する。スィーアは、ホーソン兄弟に近づくなと警告した。最後にホーソン兄弟と親密だった少女は死んだというのだ。あとでジェイムソンとグレイソンに訊くと、たしかに1年前、親しかった少女が死んだという。その少女エミリーは、二人にとって大切な存在だった。エイヴリーは、エミリーの妹レベッカと授業で一緒になる。エミリーとレベッカはホーソン・ハウスで働くラフリン夫妻の孫で、幼い頃から休暇のたびにラフリン夫妻の家に滞在し、ホーソン兄弟と遊んだ。エミリーは生まれつき心臓が弱く、両親もレベッカもホーソン兄弟もエミリーのことを一番に考えていた。16歳のとき、ホーソン・ハウスの近くに引っ越し、同じ高校に通い始める。グレイソンとジェイムソンがエミリーに夢中になったが、エミリーはそれぞれと付き合い、ふたりを競わせては楽しんでいた。
 ザラ夫妻はエイヴリーの遺伝子検査をすると息巻くが、現在の遺言書が無効になったとしても、有効となる古い遺言書はザラ夫妻にとってさらに不利になるものだった。資産の大部分を慈善事業に寄付するという内容だったからだ。この遺言書を作成したのは20年前の夏、トビアスの息子であるトビアス・ホーソン2世が亡くなったときだ。火事で亡くなったが、遺体は発見されていない。遺言書にエイヴリーの名前が入ったのは去年のことだ。エイヴリーが死んだ場合は、リビーと父親に譲られる。エイヴリーの父親は生きているが、連絡を取るのはケースワーカーを通じてだ。リビーにはドレイクからだけでなく、父親からも金目当ての電話やメールが入っており、アリサはその対応も進めていた。
 カバーと中身が違う本が見つかった。内側に、赤いプラスチックシートが貼り付けてある。このシートを乗せると、赤で書かれた字は見えなくなり、他の色で書かれた字だけが読める。トビアスは2通の遺言書を残していて、1通はほとんど赤文字で書かれていた。赤いシートを重ねて読むと、四兄弟のミドルネーム――ウェストブルック、ダベンポート、ウィンチェスター、ブラックウッド――だけが浮かび上がった。エイヴリーはジェイムソンとともに、グレイソンはひとりで、このミドルネームがヒントになるはずだと、謎解きに取り掛かる。3人は、敷地の西側(West)を流れる小川(brook)にかかる橋や、敷地内の「ブラックウッド」と呼ばれる森、武器庫のウィンチェスター銃、子ども部屋のダベンポートデスクを調べた。
 謎解きを進めていくなかで、エイヴリーはなぜか命を狙われた。銃弾がかすめたり、乗っている車に追突してくる車があったりしたのだ。すぐにオレンが対処し、事なきを得たが、車を運転していたのはドレイクで、リビーの関与が疑われる。しかしリビーは最近、ホーソン家の長男ナッシュと親しく、ドレイクとは別れていたため、リビーのはずがなかった。エイヴリーもいつもそばにいてくれるジェイムソンに惹かれはじめていた。
 スィーアが両親の不在中、ホーソン・ハウスに滞在することになった。エイヴリーはホーソン財団のチャリティイベントに出席するが、その姿を見てグレイソンもジェイムソンも愕然とする。髪型もネックレスもドレスも、かつてエミリーが装ったものだったからだ。これはスィーアが仕組んだことで、エミリーの写真をスタイリストに渡していたのだ。ホーソン兄弟への当てつけだが、エミリーが好きそうな悪ふざけでもあった。スィーアはエミリーにそそのかされてアレクサンダーと付き合っていた時期もあったが、実はひそかにレベッカと愛し合っていた。そのことを知ったエミリーは、親友と妹に裏切られたと感じた。エミリーが死んだのは、その日だ。
 
 4つのミドルネームにまつわる場所を調べていくと、4つの数字が導き出された。「8」「1」「1」「0」。エイヴリーは1018とならべれば10月18日、自分の誕生日になると気づく。しかしジェイムソンもグレイソンもその日付に愕然とする。エミリーの命日だったからだ。ふたりともエミリーの死は自分のせいだと思っていた。そのことを知っていた祖父が、エミリーの死を忘れないよう、戒めとしてこのゲームを作ったのだとふたりは考えた。
 エミリーが死んだのは、ジェイムソンが別れ話をした日だった。別れ話のあと、エミリーはグレイソンに電話し、お祝いしようと言って、飛び込みスポットとして有名な岸壁に誘う。崖から飛び込んで陸にあがるまでは何事もなかったが、グレイソンがタオルを取りにその場を離れ、戻ったときにはエミリーの呼吸は止まっていた。心臓発作を起こしたのだ。そしてその場面を、実はジェイムソンが見ていた。グレイソンとエミリーのあとをつけてきていたが、エミリーの苦しむ姿を見ても、助けに行かなかったのだ。
 ジェイムソンもグレイソンも、ゲームの結果に打ちのめされ、自分の殻に閉じこもる。エイヴリーも、いままでずっと相談に乗ってもらっていた親友のマックスに冷たくあしらわれ、支えを失っていた。エイヴリーが有名人になったことでマックスの携帯も鳴り止まず、普通の生活が送れなくなっていたのだ。
 
 ところが、ゲームはまだ終わっていなかった。トビアス・ホーソンの肖像画にも1、0、1、8が隠されていたのだ。エイヴリーはアレクサンダーに手伝ってもらい、大広間に隠されていた地下通路を見つける。奥の部屋に、エイヴリーのイニシャルが刻まれた顔認証システムと、四兄弟の手形認証システムがあった。アレクサンダーは兄たちを呼びに行くが、そのあいだになぜかレベッカが来た。レベッカは子どもの頃、トビアスに地下通路のことを教えてもらい、ひとりになりたいときに来ていた。エイヴリーが撃たれたときもここにいたが、そのときドレイクとスカイを見かけたという。レベッカが去り、四兄弟が来て手形認証すると、扉が開いた。帰ろうとするジェイムソンに、アレクサンダーがこのゲームの本当の目的を話す。祖父は、エミリーの死後、ばらばらになった四兄弟を心配していた。このゲームを仕組んだのは四人の結束を取り戻させるためであり、アレクサンダーは皆を最後まで参加させる役割を課せられていた。
 ジェイムソンはとどまり、エイヴリーも含めた5人はエイヴリーの名前(AVERY KYLIE GRAMBS)が1文字ずつ刻まれたスクラブルのアナグラムを解く。A VERY RISKY GAMBLEと並び替えると、木箱が開いた。5人それぞれに宛てた封筒がはいっていて、エイヴリー宛の封筒には長方形のスティックシュガーがひとつ入っていた。そのとき、エイヴリーはトビアスに会ったことがあるのを思い出した。
 6歳のときだった。母と行ったレストランで、スティックシュガーのタワー作りに挑戦していたとき、話しかけてきた男性がいた。その人がトビアスだったのだ。同じ年頃の孫がいると言って、エイヴリーの名前を訊いた。アナグラム好きなトビアスは気に入り、その後も動向を追ったのだろう。誕生日も知り、エミリーが死んだときにエイヴリーのことを思い出したのだ。それだけで莫大な財産をエイヴリーに遺したのは尋常ではないが、こういう謎を仕掛ければ孫たちが動くのは分かっていた。あらためて書斎の机を調べると、エイヴリーの出生証明書のコピーや、6歳以降の写真が見つかった。
 翌日、スカイはホーソン・ハウスを出ていった。エイヴリーは、トビアスの義理の母が見せてくれたトビアス・ホーソン2世の写真に息をのむ。毎朝チェスをしていた、ホームレスのハリーだったからだ。そしてアレクサンダー宛の祖父からの手紙には、「トビアス・ホーソン2世を探せ」と書かれていた。

頭脳明晰だが経済的には恵まれていない女子高生のエイヴリーが、大富豪トビアス・ホーソンの遺産を相続するというシンデレラストーリーだ。しかし、ただのシンデレラストーリーではない。トビアスには娘も孫もいるし、そもそも面識はないのだ。なぜ選ばれたのかわからないまま、エイヴリーは壮大な謎解きゲームに巻き込まれる。物語のプロットは1日ででき、ドラマ化もたちまち決まったという本書は、緊張感とスピード感のあるYAミステリーだ。
 エイヴリー自身、幼い頃から母親の影響でゲームやパズル、謎解きに親しんで育ったが、ホーソン兄弟の仕込まれ方は半端ない。ある意味、謎解きの英才教育を受けた四人は、迷宮のようなホーソン・ハウスを舞台に、祖父からの最後の謎に挑む。
 登場人物はそれぞれキャラが立っていて、特に四兄弟は外見はもちろん、性格も魅力的だ。20代半ばの長男ナッシュはホーソン家のしがらみにとらわれない自由人で、カウボーイ姿とバイクがトレードマークだ。ホーソン・ハウス以外にも家があり、住む場所や生活に困っている人(ナッシュを頼ってくる女性たち)をホーソン・ハウスで働かせることもある。次男グレイソンはそんな兄に代わってホーソン家を負う使命感を抱き、大学進学も1年遅らせてホーソン財団の仕事を手伝う。エイヴリーがもともと通っていた高校に足を運び、遺言書のことを伝えるのもグレイソンだ。三男ジェイムソンはエイヴリーと似て知的好奇心が強く、野心もある。謎解きが主な目的とはいえジェイムソンからエイヴリーに近づいてくるため、エイヴリーは深入りしないようにと思いつつも徐々に惹かれていく。そして四男アレクサンダーはいかにも末っ子らしく、人懐こい愛されキャラだ。
 隠し扉に隠し通路はもちろん、さまざまな趣向の凝らされたホーソン・ハウスや、裕福な家庭の子女が通う私立高校、パパラッチとの攻防など、エイヴリーたちを取り巻く環境も読みどころたっぷりだ。映像的にも〝映える〟設定ばかりで、ドラマ化がすぐに決まったこともうなずける。
 トビアスとエイヴリーの間に長年にわたる接点があったことは判明するが、なぜ遺産相続につながるほどの深い関係だったかは謎のままだ。本書だけでも読みごたえたっぷりのミステリーとなっているが、死んだはずのトビアス2世がなぜホームレスのハリーなのか、エイヴリーの母とホーソン家のあいだにさらなるつながりがあったのか、続きへの期待も高まる仕上がりとなっている。

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