Cici's Journal(グラフィックノベル)

作家志望の少女シシは、母からもらった日記帳に物語を書くことにする。
日常生活のなかで気になる人を見つけ、その人の秘密にせまり、物語に仕上げるのだ。
シシの日記帳部分と、シシの日常を描いたマンガ部分から構成された、ヤングアダルト向けのグラフィックノベル。

フランス語原題:Les Carnets de Cerise(第1巻、第2巻)
作:Joris Chamblain(ジョリス・チャンブラン)
画:Aurélie Neyret(オレリー・ネレ)
英訳:Carol Klio Burrell(キャロル・クリオ・バレル)
出版社:First Second
出版年:2017年(フランス語版は2012年と2013年)
ページ数:160ページ


おもな受賞歴

・The Washington Library Division OTTER Award受賞 (2021)
・Hackmatack Children's Choice Award (Atlantic Canada) 受賞 (2020)
・Maryland Black-Eyed Susan Book Award, Grades 4-6 Graphic Novel受賞(2020)
・BC Book Prize, Christie Harris Illustrated Children’s Literature Prize受賞(2019)

●フランス語原書での受賞歴
・第1巻:アングレーム国際漫画祭子ども向け作品賞選出(2012)
・第2巻:アングレーム国際漫画祭子ども向け作品賞受賞(2013)

作者について

ジョリス・チャンブラン:1984年生まれのフランス人作家。子どもの頃からグラフィックノベルが好きで、マンガ家をめざしていた。マンガだけでなく、児童書や大人向けの小説も手がけている。本書のフランス語版は、アングレーム国際漫画祭で子ども向け作品賞を受賞し、15か国語以上に翻訳されるなど、高い評価を受けている。

オレリー・ネレ:フランスのリヨン出身のイラストレーター。子どもの頃から絵を描くことが好き。

あらすじ

※結末まで書いてあります!

 1冊目 石の動物園

 10歳の少女シシは、幼い頃にパパを亡くし、ママとふたりで暮らしている。小さいころから書くことがすきで、隣に住んでいる作家の老婦人ミセス・フロレスの影響もあり、将来は作家をめざしている。ママは、シシがミセス・フロレスとばかり過ごしているのをあまり歓迎していないが、「作家をめざすならどんどん書くべき」と、この日記帳をくれた。
 この町に引っ越してきたのは、パパが亡くなってまもなくの頃。シシが4歳のときで、そのときからの親友がふたりいる。メガネをかけた白人のレナは写真を撮るのが得意で、4人の兄がいる黒人のエリカはいつも文句を言ってばかりだが、実は優しい性格だ。シシとレナとエリカは、エリカの兄にてつだってもらって森にツリーハウスを作った。3人だけの隠れ家だ。
 ある日、ツリーハウスにいた3人は、謎のおじいさんを目撃する。おじいさんはペンキの入った大きな缶を持ち、服にはいろんな色のペンキがついていた。シシは1冊目の日記帳に、このおじいさんについて調べたことを書くことにした。
 3人でツリーハウスから見張りをしたり、おじいさんを尾行することもあったが、気になってしかたがないシシは、ひとりで調査したり、ママにうそをついてでかけることもあった。あるとき、シシがひとりでツリーハウスにいると、おじいさんが連れていたオウムが飛んできた。いそいで追いかけると、オウムは長いコンクリートの壁を越えていった。シシがコンクリートの割れ目から中に入ると、そこは動物園の跡地だった。
 実物の動物はいなかったが、あちこちの岩場にリアルな動物の絵が描かれていた。水槽の壁にも、アシカなどが描かれている。例のおじいさんとオウムを見かけたので物陰からうかがうと、おじいさんは「シロクマに餌をやろう」と言って、それまで描いてあったシロクマの絵をぬりつぶし、あらたに魚を食べているシロクマの絵を描いた。しかしおじいさんは置いてあった缶につまずき、赤いペンキが絵に飛び散る。おじいさんは「こんなこと意味がない!」と、ヤケになって黒いペンキもまき散らした。見ていられなくなったシシは、「やめて!」と飛び出し、オウムを追ってここにきたことを話す。すると、おじいさんはこの動物園の歴史を話してくれた。
 30年前、この動物園は大人気で、多くの子どもたちでにぎわっていた。おじいさんはマイケルという名前で、園内の絵描きとして働いていた。やがて人気は遊園地にうつり、動物園は閉園に追い込まれる。そして町の人たちも動物園の存在を忘れた。年月が経ち、荒れはてた動物園を訪れたマイケルは、絵の形で動物たちを蘇らせることにする。しかも、まるで生きているように、食べて眠り、やがて死んでいく時の流れにあわせて描いた。ひとつだけ色あせているライオンの絵があるが、それは子どもたちの一番人気だったオスカーという名前のライオンで、閉園前に描き残し、風化するにまかせたものだった。マイケルは「もう終わりにする。2回目の閉園だ」と言うが、シシの頭のなかでは動物園再生計画が動きはじめていた。
 翌日、シシはレナとエリカに事情を話し、動物園の片づけにとりかかる。ほかの子も何人か手伝ってもらったが、親たちには内緒にした。1か月もたつと親たちは心配し始め、ミセス・フロレスがひとりの子どものあとをつけて動物園を見つける。最近シシのようすがおかしいと思っていたママも、ミセス・フロレスのあとを追ってついてきた。すっかり忘れていたが、ママも子どもの頃、この動物園にきたことがあった。おとなにも何人か手伝ってもらい、ついに動物園は復活する。一般公開されると反響は大きく、新聞でも報じられた。ミセス・フロレスは一連のできごとを『石の動物園』という本にする予定だ。マイケルは心を満たしてくれたシシへのお礼として、動物園にシシの絵を描いた。

 2冊目 ヘクターが残した本

  夏休みが始まり、日記帳も2冊目に突入した。7月いっぱい、レナはイギリスの姉家族のところへ行き、エリカはキャンプに行くので、シシはママとふたりで過ごす。動物園の件以来、ママとは少しぎくしゃくしたままだったが、シシは新たな謎探しに忙しくする予定だ。小さい頃ミセス・フロレスに教わった方法で、物語作りの練習もしようと思っている。屋根裏にいくと、懐かしいものが出てきた。物語の登場人物カードだ。1枚につきひとりの似顔絵や名前、特徴などを書いたもので、その人たちが出会ってどんなできごとが起きるかを物語にする。パパが死んだばかりでふさぎがちだった頃、ミセス・フロレスが教えてくれた方法で、幼いシシは部屋の窓から見える人を題材に、想像の翼をひろげていた。
 レナとエリカが帰ってくると、シシは早速、気になっていた謎について協力を求める。とある老婦人が、毎週火曜日になると同じ時間のバスに乗るのだが、いつも同じ本を持ち、さみしそうな顔をしているのだ。それがいったいなぜなのか、この老婦人はどんな人なのか、シシは気になって仕方がない。レナとエリカを呼び出したのも、あえて火曜日だ。早速、老婦人を尾行するが、久しぶりに会ったのに謎解きばかりなのかとエリカがキレる。シシたちはバスに乗りそびれるが、老婦人の本から落ちた図書館の貸出票を拾った。老婦人の名前は「エリザベス・ロンジン」というらしく、同じ本を何度も連続して借りては返しているようだった。翌日、シシはひとりで図書館にいき、拾った貸出票を受付の人に渡す。すると、ミズ・ロンジンは図書館の元職員で、20年近く毎週同じ本を借りていると教えてくれた。本は、ヘクター・バーテロンという人が書いた『The Rose and the Mortar』という作品で、自費出版されたものだという。「バーテロン」は、ミズ・ロンジンの家の表札にあった名字だったので、もしかしたら亡くなった夫かもしれない。詳しいことはわからず、シシは一度その本を借りてみることにした。
 火曜日、図書館に行くと、シシは改装されていない旧書庫で待たされた。歴史と地理の本が収められている部屋で、改装が中止になったため30年間手がつけられていないという。ミズ・ロンジンがきたので本を借りたい旨を伝えると、この本にまつわる物語を聞かせてくれた。
 バーテロンは作家をめざす前途有望な青年だったが、第二次世界大戦がはじまると出征し、悲惨な光景を目の当たりにする。そして帰ってくると自分の殻に閉じこもり、一言も話さず、孤独な生涯を終えた。この本は、戦争中にフィアンセだったミズ・ロンジンに宛てた手紙を集めたものだった。まさにこの部屋で、黙々と編集作業をしていたという。しかし収められた手紙には無機質な記号や数字や、淡々とした内容のことしか書かれておらず、ミズ・ロンジンは理解に苦しんでいた。ただ亡き夫への愛情ゆえに、毎週借りていた。シシも読んでみたが、なにを伝えたいのかまったく分からなかった。
 シシはミセス・フロレスに呼び出され、謎解きのヒントがもらえるものと期待するが、話はまったく違った。シシが自分の考えや思いを人に話さず、大切な友だちや母親をおろそかにしていることへの忠告だった。ミセス・フロレスはレナとエリカだけでなく、シシのママからも相談を受けていたのだ。ミセス・フロレス自身も、辞書がわりに便利に使われているだけではと感じるときもあった。シシは泣き出すが、忠告してくれるのは、シシなら分かってくれると信じているからだ。それからミセス・フロレスは、"Mortar"について分かったことをシシに伝えた。"Mortar"は、第2次世界大戦中に暗号文を本部に届けていた通信部隊だという。
「暗号」という言葉をヒントに、シシはついにバーテロンの本の謎を解いた。謎の記号と数字は本の分類番号で、旧書庫で該当の本を探すと、ミズ・ロンジン宛の心のこもった手紙が挟まれていた。連絡を受けたミズ・ロンジンは、いくつもの本をひらき、数十年越しのラブレターの数々に涙を流す。その後、ミズ・ロンジンは『The Rose and the Mortar』を借りるのをやめ、図書館で読み聞かせのボランティアを始めた。シシは、レナとエリカ、ミセス・フロレス、そしてママに謝り、仲直りした。
 2冊目の日記帳もいっぱいになり、新学期が始まる。ミセス・フロレスに登場人物カードを見せると、ミセス・フロレスも懐かしんでくれた。しかし、2枚だけ空欄になっていることに驚く。シシのカードとママのカードだ。シシは、このふたりの物語を書くべき時がきたと感じていた。

 作家をめざす少女シシの日記帳部分と、シシの回りのできごとを描いたコマ割りマンガで構成されたヤングアダルト向けのグラフィックノベルだ。優しい色彩で丁寧に描かれており、とにかく美しい。日記帳部分は手書き風で、落書きやインクのしみもあったりして、実際に日記帳を広げて見ている感覚だ。別紙のメモやレナが撮った写真、新聞の切り抜きなども挟まれているように描かれている。マンガ部分はノスタルジックな雰囲気が漂い、登場人物だけでなく、町並みや景色も表情豊かだ。読者は日記部分でシシの内面に触れつつ、マンガ部分で客観的にできごとを読むことで、より深く物語を楽しむことができる。それぞれの日記帳の最終ページは読者が書きこめるようになっており、シシの世界にいる気分をさらに味わえる。

 シシは幼い頃に父を失い、大きな心の傷を抱えていた。母もそうで、お互いに傷ついているのだが、まだどう向き合ったらいいのかわからない。しかも母は、シシが自分よりもミセス・フロレスに懐いていることに嫉妬や憤り、やるせなさも感じていた。さらに、シシは謎解きのために母に嘘をつくこともあり、信頼関係もゆらいでくる。続巻では母娘の葛藤や家族の絆がフォーカスされるが、本巻ではまだ、ぎこちないシシとママの姿が描かれている。お互いに大切な存在だと分かっているのに素直になれないもどかしさは、共感する読者も多いだろう。

 シシのたった2人の友だち、レナとエリカとの友情も読みどころだ。シシは自分の気持ちを伝えるのが苦手なうえに、なにかに興味関心が向くとほかのことが目に入らなくなるため、無自覚で大切な友だちを傷つける。幼い頃からシシのことを知っているふたりは、そんなシシを理解しつつも、自分たちにも感情があると訴える。そして子ども同士だとこじれやすい部分を、ミセス・フロレスがフォローする。思春期の複雑な感情は、シシと同世代の読者のみならず、大人にも響くだろう。

 日記という体裁もあり、全体的に文字量が多く、ヤングアダルト小説に近い読みごたえがある。ヤングアダルト小説の読者に、初めてのグラフィックノベルとしてもオススメしたい1冊だ。なお、シシがミセス・フロレスから教わる創作テクニックや人間観察のヒントは、作家をめざす読者にも参考になるだろう。思いや考えを文字にすることで心のなかを整理していく過程も、感情を持てあましている読者へのヒントになると思う。

 マイケルとミズ・ロンジンの秘密に触れ、謎を解いたシシは、次巻でいよいよ自分の心にしまっていた秘密に目を向ける。もちろん簡単なことではなく、痛みを伴うのだが、避けては通れない道だ。ミセス・フロレスの過去も明らかになる。シシとレナとエリカの友情の行方も見守ってほしい。あどけない幼少時代から12歳まで、心と体の成長にあわせて繊細な変化を遂げていく絵も見事だ。

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