The Prince and the Dressmaker(グラフィックノベル)

ゴージャスなドレスにあこがれる王子と、デザイナーを目指すお針子の出会い――ふたりの夢と葛藤と愛を描いた、キュートなグラフィックノベル!

作・画:Jen Wang(ジェン・ワン)
出版社:First Second
出版年:2018年
ページ数:288ページ


おもな受賞歴

・ハーベイ賞最優秀児童書・YA部門受賞、ブックオブザイヤーノミネート(2018)
・アイズナー賞最優秀ティーン向け出版物部門受賞、最優秀作家/画家賞受賞(2019)
・アングレーム国際漫画祭グランプリ子ども向け作品賞受賞(2019)
・ボストングローブ・ベスト・チルドレンズ・ブックYA部門選出(2018)
・Goodreads賞グラフィックノベル部門ノミネート(2018)
・チルドレンズ&ティーン・チョイス・ブック賞YA部門受賞(2019)
・YALSA(全米図書館協会ヤングアダルトサービス部会)ティーンズトップテン選出(2019)
ほか多数!

作者について

ロサンゼルス在住のマンガ家・イラストレーター。1984年生まれ。両親は台湾からの移民。多数の雑誌掲載マンガや、グラフィックノベルを手がける。文章と作画の両方を手掛けた『Stargazer』はAsian/Pacific American Awards for Literature 2020児童書部門を受賞した。

あらすじ

※結末まで書いてあります!

 ベルギーのセバスチャン王子が、パリにあるおばの屋敷で16歳の誕生パーティをひらくことになった。パリじゅうの同年代の令嬢たちとその母親は、こぞって浮き足つ。ただひとり、乗り気でないソフィア嬢は、黒いカラスのような斬新なドレスで登場した。大いに物議をかもすが、そのドレスに心を奪われた人物がいた。パーティの主役、セバスチャンだ。
 セバスチャンは側近エミールをつかって、そのドレスを仕立てたお針子フランシスを探し出し、屋敷に呼び寄せる。セバスチャンは布で顔を隠して迎え、ふたりはファッションの話で盛り上がる。しかしふとした拍子に布がはずれ、王子だということがばれてしまった。
 セバスチャンは、自分のためのドレス作りをフランシスに依頼したかったのだが、王子という立場でドレス好きだということが知れ渡ったらどうなるか、自分でもよく分かっていた。一人息子の自分が、父王にもたらすであろう怒りや悲しみを思うと辛かったが、ドレスへのあこがれは募るばかりだった。セバスチャンは、いやだったら帰っていいとフランシスに言うが、フランシスは留まることを選ぶ。フランシスにとっても、ドレスをデザインして仕立てる裁縫師は、夢なのだ。
 
 最初の注文は、マーマレードジャムをイメージしたドレス。保守的なデザインになりがちなフランシスに、セバスチャンはダメ出しする。求めているのは美しさだけでなく、ドラマとロマンス。人に理解されなくても、目を惹き、記憶に残るドレスを作ってほしいというリクエストに、フランシスも覚悟を決める。ゴールデンイエローの大胆なドレスにオレンジのかつらをつけたセバスチャンは女神のように美しく、おもわずフランシスもドキッとした。ふたりはお忍びでミュージックホールへ行く。マーマレード会社主催の美人コンテストがひらかれていたのだ。一瞬怖気づくものの、勇気をだして舞台に足を踏みだしたセバスチャンは、観客を魅了し、見事ミス・マーマレードに輝く。名前を聞かれたセバスチャンは、「レディ・クリスタリア」と答えた。フランシスが裁縫師をめざすきっかけとなったバレエ、〈クリスタリアのミューズ〉のヒロインだ。
 その頃、セバスチャンの両親の関心事は息子の花嫁選びだった。母には、いちばん大事な務めは王家の血を絶やさないことだと言われ、軍人である父王には雄々しい姿を見せられ、セバスチャンはみじめな気持ちになる。両親は次々にお見合いをセッティングした。さっそくモナコ王国のジュリアナ王女と兄のマーセル王子がきて、ジュリアナとふたりきりにさせられるが、ジュリアナも親からのプレッシャーを感じていた。気楽に話せる王女にセバスチャンは好感を覚えるが、結婚の話になると逃げだした。
 
 セバスチャンは、昼は王子として各国の王女と会い、夜はファッションリーダーのレディ・クリスタリアとしてパリの街に名をとどろかせた。ある日、セバスチャンとフランシスはピーターという実業家と出会う。ピーターは、今度オープンするパリ最大のデパート〈トリプリーズ〉のオープニングセレモニーで、豪華ファッションショーをひらく予定だった。ピーターはふたりを招待し、ファッション業界の著名人に紹介すると言う。フランシスは張り切り、意欲的にドレスづくりに励んだ。
 日中居眠りしてばかりのセバスチャンは、親に心配され、息抜きに週末旅行に出かけることになった。フランシスとエミールと3人だけで出かけ、旅先では昼間もレディ・クリスタリアとして過ごした。ところが、ばったりジュリアナ王女とマーセル王子に会う。ふたりはセバスチャンだと気づかないが、ジュリアナはレディ・クリスタリアのファンだといって感激し、スパに招待する。セバスチャンは気が気でないものの、フランシスが作った露出のほとんどない水着でスパに向かった。
 スパには、〈クリスタリアのミューズ〉の衣装を手がけた裁縫師マダム・オーレリアも招かれていて、セバスチャンはファッションの話で盛り上がる。自分のお抱えのお針子が大ファンだということも伝えた。マダムはセバスチャンとフランシスをオペラ座のバレエに招待する。約束はできないが、フランシスのデザインも見てくれるかもしれない。セバスチャンは大ニュースをフランシスに伝えると、すぐに取りかかろうとするフランシスを止め、お祝いに出かけようと誘った。そして、フランシスが王子用として作った衣装を着て出かける。気分転換でもあったし、王子姿のほうがどこへいっても手厚く扱われるからだ。フランシスにも、初めてドレスを着せた。ふたりは楽しい時間をすごし、夢に向かって着々と進んできた日々を振りかえる。お互いに、かけがえのない存在だという思いも芽生えはじめていた。
 
 パリへ帰るとお見合いの続きが待っていた。12歳のルイーズ王女とお見合いしたとき、セバスチャンはどうしても結婚相手として考えられず、正直にそう伝える。ところが父王が怒りのあまり倒れてしまう。一命は取り留めるが、息子をどんなに頼りにしているか、切々と語り、セバスチャンはますますプレッシャーを感じる。浮かない気分のまま、レディ・クリスタリアの装いでバレエ鑑賞の日を迎えた。フランシスはマダム・オーレリアと会えると楽しみにしていたが、セバスチャン王子のお針子としても知られはじめており、セバスチャンとレディ・クリスタリアのお針子が一緒だと気づかれるのはまずかった。そのため、セバスチャンはフランシスのデザイン画を預かり、ひとりでマダム・オーレリアに会う。フランシスはショックを受け、自分の将来を考え直す。レディ・クリスタリアが秘密ならば、自分も秘密なのだ。フランシスの夢は、自分のデザインを、堂々と自分の名前で発表すること。フランシスは衣装室の鍵をセバスチャンに返し、屋敷を出る。打ちひしがれたセバスチャンはジュリアナ王女との婚約を発表し、フランシスも町のお針子にもどった。
 結婚式前夜、セバスチャンはこれを最後にとレディ・クリスタリアの衣装でミュージックホールに出かける。酔っぱらって寝てしまうが、かつらがずれ、居合わせたマーセル王子に正体がばれる。マーセルは誰にも気づかれないうちにと、仲間の手を借りて外に運びだした。翌日、マーセル王子は結婚式の参列者の目の前に、ドレス姿のセバスチャンを引きずり出す。ジュリアナ王女は結婚は無理と広間を飛びだした。王も王妃にも、とても受け入れられないことだった。
 セバスチャンはパリを離れ、山奥の修道院に身を寄せる。しかし、単調な修道院の暮らしは合わず、エミールを呼びだして、両親とジュリアナ王女とフランシスへの手紙を託す。エミールはセバスチャンに、フランシスがファッションショーに参加することになったと伝えた。フランシスが働きはじめた仕立屋にたまたまピーターがきて、引き抜いたのだ。
 
 いよいよ、〈トリプリーズ〉はオープンの日を迎えた。フランシスにとっては夢がかなう日だったが、心のなかは複雑だった。ピーターの要望にあわせたドレスは大衆受けするものばかりで、レディ・クリスタリアのドレスのような個性や輝きはない。こっそりと駆けつけたセバスチャンにも、これはフランシスの作品ではないと言われてしまう。ハッとさせられたフランシスは、地下に運びこんであったレディ・クリスタリアのドレスをセバスチャンに着せようとした。しかし、王と王妃に行く手を阻まれる。泣き崩れる王妃に、セバスチャンはこれが自分で、自分はドレスが好きな王子なんだ、とはっきり伝えた。王にも、連れ帰るのはショーが終わるまで待ってほしい、と願い出る。王はお付きの者たちに、王子と裁縫師を全力でサポートするように、と指示した。

 いよいよ、ファッションショーが始まった。花道に出てきたのはなんと、ドレスを着た男。お付きの者たちが、フランシスのドレスを着て出てきたのだ。楽屋に怒鳴り込んだトリプリー氏を黙らせたのは、みずからオレンジ色のドレスをまとった王。王が舞台にあらわれると、観客は大歓声で迎えた。
 フランシスは王に、なぜ協力してくれるのかと尋ねた。王は、時代や価値観が変化していくなかでも、こうやってセバスチャンを愛してくれる人がいるからだと答える。フランシスはたまらず、セバスチャンに抱きついてキスをする。セバスチャンも驚きつつ、キスを返した。セバスチャンは可憐なドレスでショーのトリをつとめ、裁縫師フランシスを紹介する。デパートにはドレスの注文が殺到し、ピーターも自分の思惑とは違うショーだったとはいえ、フランシスを称える。マダム・オーレリアにも晴れて挨拶することができた。
  フランシスはマダムの弟子となり、セバスチャンもパリに留まって勉学に励んだ。そして、堂々とドレス姿でフランシスに会いに行く。町はフランシスがデザインした服であふれていた。

 ドレスに憧れるクィアな王子と、裁縫師を目指すお針子が運命的な出会いを果たし、互いの夢を支えつつ心を通わせる、成長物語かつラブストーリーだ。まさにハートウォーミング、キュートといった言葉がぴったりのYAグラフィックノベルである。
 セバスチャンは幼いころから、王子としての自覚があるときもあれば、ドレスに憧れ、自分は王女だと感じるときもあった。やがては国を担う王となる身分もわきまえていて、自分の趣味はひた隠しにしている。フランシスと食事や花火を楽しむ場面では王子の装いを選ぶので、トランスジェンダーというわけではないだろう。そして、フランシスはレディ・クリスタリアにドキッとする場面も描かれているが、性別を超えてセバスチャンの人柄に惹かれていく。とにかく読後感がよく、Goodreadsでは90,000件近くの評価のうち(2022年11月現在)、星5つが過半数を占めている。否定的なコメントをほとんど見かけないも印象的だ。
 ふたりの成長と心の交流がメインであるが、セバスチャンの優しさや、フランシスのひたむきさはもちろん、親子の愛や葛藤も読みどころだ。父王は、息子に雄々しい姿を期待してはいるものの、時代の変化を目の当たりにして、柔軟に、そして全力で息子を支える。フランシスがセバスチャンにとって大切な存在だと認め、親として感謝する場面は胸がいっぱいになる。セバスチャンに忠実なエミールや、ファッションをビジネスとしてとらえながらもフランシスの才能を認めるピーター、フランシスの憧れの裁縫師マダム・オーレリア、セバスチャンのよき理解者ではあるが女装を受け入れることはできなかったジュリアナ王女など、脇役もみな魅力的だ。
 イラストは、手塚治虫やディズニーのような丸味を帯びたテイストで、日本人にもなじみやすい。あたたかみのあるタッチで、表情も豊かだ。色とりどりで大胆なドレスの数々にもときめく。セリフがなく絵だけで進行させている場面もあり、グラフィックノベルならではの醍醐味を味わえる作品だ。

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