見出し画像

学生時代にしていた警備員のアルバイトで、最終日に起きたこと

20年以上前、大学生の頃、いろんなアルバイトをしていた。

インターネットプロバイダのコールセンターや、居酒屋のキッチンを長くやっていた。朝の時間帯だけ、JRの駅で、駅員の制服を着て乗車補助を行うというものもあった。モスバーガーの店員も楽しかった。

どれもいい経験だった。

思い出に残っているのが、警備員のアルバイトだ。

この世には、たくさんの警備員さんがいる。その現場には、命がかかる現場もあるだろう。ところで、僕の配属先での業務内容はしごく穏やかなものであった。

駅から近くにあるスーパーの閉店前タイミングで現着し、閉店作業のあいだに立ち会い、店員さんが全員帰るのを見届ける仕事だった。

店長さんが、余ったお惣菜をこっそりくれたりして、ありがたかった。やさしい。

1年間つとめたが、任された職務はルーティーン化されていた。決められた段取りがあり、所定の場所に立ち続け、時がきたら点検をし、最後はシャッターを閉め、施錠して帰宅する。

時折、定期的に警備会社の本社へ出向いて、もともと警察官をしていた指導員の研修を受けることがあった。はじめはびびっていたけど、優しく接してくださってありがたかった。

そして、幸いなことに、務めていた1年のあいだ、トラブルは一度も起きなかった。穏やかな住宅街の、ごくふつうのスーパーで、事件などそうそう起きないものだ。

しかし、いよいよ最後の出勤日という、その日に、なぞの事件が起きた。年末が近く、けっこう冷え込む夜だったと思う。

「みずのさん!どうにかして!!」

ふだんは優しく、お惣菜を分けてくれたりする店長が、血相を変えてやってきた。ただごとではない。

店長があっちだ、と指し示した先には、


犬がいた。


スーパーの中を、リードのついてない犬が、てけてけと歩いていた。人生であまり見たことのない光景で、すこし吹き出してしまいそうになるも、店長の真剣さにおされ、じりじりと犬にむかっていく。

サイズ感としては中型犬というのか、まあまあでかくて、雑種のような見た目。犬の絵文字として採用されてもおかしくないような、THE・イヌという様相だった。危険はなさそうだが、盲導犬でもなさそうだし、食品がずらりと陳列されている店内にはふさわしくはない客だった。

野菜売り場付近に侵入したばかりの犬は、吠えたりはせず、おとなしそうだった。警備員の姿をしたぼくが向かっていったら、おとなしく出口のほうへ向かって歩いていった。

ドアを出たその瞬間、店長の指示で、一時的に、首尾よく自動ドアをロックして締め出した。そして、自動ドアの外の犬を見ると、もう1つの「入口」のほうの自動ドアへ向かって駆け出していた。

「みずのさん!あっちだ!」

店長の言葉が聞こえるか聞こえないかで、店内を駆け抜けた。この1年間で、店内で走ったことなどはもちろんなかったが、大捕物だ。仕方がない。

そして、犬との競走にギリギリ勝利し、自動ドアにロックをかけることができた。犬は、あと一歩のところで入店が叶わなかった。

ちぇっ、という感じで、目の前で扉を閉められた犬はどこかへ去っていった。

店内をひと通り呼びかけたが、飼い主はどうやらいなさそうだった。どこの家の犬だったのか。首輪はしていたので、逃げ出したのか、どうなのか。

そこには、なぞの誇らしさがあった。最終日にしてようやく果たした「警備」の行為だった。

ちなみに、ぼんやりした子だったので、危険性はなさそうだったが、夜道で出くわしたらびっくりするだろうな。店内の処置をし、店の外をぐるっと見て回るも、犬はもういなくなっていた。

永久に続くかとおもわれた平和な日常を乱すなぞの事件に、やや狼狽した店長からは、ふかぶかと礼を告げられ、売れ残りのコロッケをいつもよりたくさんいただいた。

あれから20年たった今でも、スーパーの外につながれている犬を見ると、このときのことを思い出す。

読んでいただきありがとうございます。いただいたサポートはnoteコンテンツの購入にあてさせていただきます。