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読書感想:逆ソクラテス

伊坂さんがデビュー20年目に書かれた作品。
5つの短編「逆ソクラテス」「スロウではない」「非オプティマス」「アンスポーツマンライク」「逆ワシントン」から構成されていて、舞台はどれも小学生の目線で描かれています。その5つのうち私が繰り返し読んでいる物語のご紹介です。

「逆ソクラテス」

主人公、加賀という男性が小学6年生のときの思い出をゆっくりと振り返っていきます。

6年のクラス担任は久留米先生という方で、独特な威厳を持って子どもたちに接していました。加賀くんを含めクラスメイトたちは久留米先生から名前を呼ばれるとどこか萎縮してしまっていて、加賀くんは先生のことを久留米と呼び捨てにするほど、あまりよくは思っていなかったようです。

転校生 安斎くん

6年生になってすぐの頃、安斎という男子生徒が転校してきました。

安斎は無愛想ではないものの、愛想が良いとも決して言えず、どこか大人びた雰囲気を持っていました。ある日、安斎から思いもよらぬ提案をされます。その提案は、『久留米先生が特定の生徒(草壁)を見下しているのを見て違和感を感じている。だから、一緒に協力して先生のその考えを壊してやろう』と持ちかけられます。

現に久留米先生の態度はあからさまでした。
親が社長や教育熱心な生徒には迎合して、みんなの前で褒めることが多いですし、草壁には、わざわざ見下したような言葉をみんなの前で言っていました。このことが安斎の違和感に繋がったようです。久留米先生は凄いと思う生徒とダメな生徒という考えを持っていて、その考えを正しいと信じている。先生の態度はわざとなのか無意識かなのか分からないけれど、その態度のせいでクラスメイトたちの考え方にも影響を与えていてしまい、更には草壁もその言葉を信じてしまっている。と言います。

先生の正しさを覆そう。

それは草壁のためではなく、これからその先生と関わる子供たちのために。安斎は提案してきます。

加賀は最初驚きましたが、安斎に協力し仲間を集めその草壁の先入観を変えるために、幾つもの作戦を計画していきます。テストでカンニングをして満点取らせようとしたり、女子生徒を不審者から守ったと噂を流したり。さまざまな作戦を実行に移していきます。

「僕は、そうは、思わない」

作戦を計画する中でさらに安斎はこうも話していました。
『ぼくたちは周りの影響を受けて生きていかないといけない。もし自分以外の誰かから、正しさを押し付けられたとき、そういう人たちから負けない方法がある。』と言います。

周りの大人や他人から決め付けられた言葉を言われたとき、口に出さなくても良い。しっかりと『僕はそうは思わない。』と表明することが重要なんだと安斎は教えてくれます。その言葉を受け取った加賀や草壁は一見何のことだか分かってはいませんが、物語が進むに連れてその言葉の意味を段々と知っていくようになります。

さぁ、敵は先入観。
なかなか手強そうです。

自分自身を振り返ると

この本のタイトル「逆ソクラテス」書店で見た時は、とても伊坂さんらしくてかっこいいタイトルだなと痺れました。自分が小学生の時を思い返すと、大人たちが守ってくれてもいたし、先生ともなると絶対的な存在で正しい世界に生きているようにも思っていました。時には先生に良い子だと思われたくて、良い子に思われるような素振りもしていたように思います。

この本に出てくる小学生たちは、本当にかっこよくて、自分の気持ちや在り方を大切にするために世界と闘っています。

今回、草壁は久留米先生や周りのクラスメイトから見下された言葉を投げかけられていました。それはいつしか、他人からの言葉だけではなく、自分自身に対しても見下した言葉を言っているようにも取れました。

「僕なんかできるわけない」「バカにされる自分なんだ」「だって人と比べてできないし」

あぁ、昔の私もそうやって自分で自分に声をかけていたように思います。自分に期待ができなくて、知らず知らずのうちに周りの正しさが自分の気持ちのように思えて、自分のことが見えなくなってしまっていました。

安斎から教えてもらった裏技の「僕はそうは思わない」。
子どもだからとか大人だからとか関係なく、社会のなかで構築されてしまった固定概念や先入観は、時として見えているものを歪めてしまうことがあるなと感じます。自分の意思を表明することはとても勇気が必要ですが、その勇気を振り絞ったとき新しい道やすでに在るものに気がつくことになるかもしれません。

メンターとの出会い

私の友人に、とても面白い人がいます。
普段はへらへらしていて職場の後輩からも「ちゃんとしてください」と怒られているようなんですが、それでも友人は楽しそうなんです。随分昔にその友人と食事をしていたとき、周りの言う正しさに葛藤したり、大勢の意見にどこか共感ができなくて苦しんでいることを相談しました。
すると友人は、げらげら笑って「面白いな」と一蹴してくれたんです。悪びれることもなくげらげら笑って。でも全く嫌ではありませんでした。笑いながらも、大きな優しさで私の考えを受け止めてくれました。
「そうやって悩んでいても、みきてぃがどうしたいかダダ漏れてるねぇ」と笑ってくれて、「そう思う気持ちは大事にしたらいいよ。世間がどうとかで自分の考えを無かったことにするのはもったいないよね。」と言ってくれたんです。

この言葉にどれだけ私が救ってくれたか。
私は本当にはみ出しものでよく笑われていたので、この友人に本当に出会えてよかったです。
本の好みやお笑いの話もよくしていたので、そう言った感覚が似ていたのかもしれませんが、二人に共通していることは決して多数の中にはいないけど、自分の世界を大切にしようとしている部分があるなと今では感じています。

物語の中で安斎が話していた「周りの影響を受けて生きている」という言葉を聞いて、私たちの中には知らず知らずのうちに常識や正しさが蓄積され、それは個人の考え方だけではなく、価値観にも影響を及ぼしていると思うのです。どういった環境や人に巡り合うかも大切ですが、その時々に自分の心で考える力も必要だなと思いました。
私は本当に周りの人たちに恵まれていて、その人たちのおかげで今は自分の在りたい姿を大切にできているように思います。

今回は伊坂幸太郎さんの「逆ソクラテス」を紹介させていただきました。ぜひ機会があればご覧ください。

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