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ホテルスタッフが読み解く「哲学」のあるホテルの広がりとその魅力

※こちらの記事はクラウドリアルティのWebメディアにて寄稿した内容を転載させていただいております。


ラグジュアリーだけじゃない「哲学」のあるホテルとは

京都にある『HOTEL SHE, KYOTO』というホテルに勤務しております、田中幹人と申します。この数年、日本でも“ブティックホテル”や“ライフスタイルホテル”と呼ばれるホテルが増えてきました。

アメリカでスタートしたそれらのムーブメントはどのように始まり、日本にやってきたのか、日本のホテルにおける変遷と合わせて説明したいと思います。

後半ではホテルスタッフである私がおすすめする「哲学」のあるホテルをご紹介いたします。価格や立地などの要素以外でもホテルを選ぶ楽しみをお伝えできると幸いです。

時は約40年前に遡ります。1981年にサンフランシスコにあったホテルを元投資銀行家のビル・キンプトンが買収し、『ホテルベッドフォード』を始めました。諸説ありますが、これがブティックホテルの始まりと言われています。

ビル・キンプトンは投資銀行家時代に出張で多くの国に行き、ヨーロッパの規模が小さく、人との心理的な距離感が近いホテルに魅力を感じました。そこでオーナーと一緒に暖炉の前でワインを飲んだり、滞在する人々がお互いの名前を覚えたりしているような関係性に喜びを見出しました。

彼はアメリカに帰り、ヨーロッパで滞在したようなホテルとは違った、ラグジュアリーだけど“人格のない”ホテルに物足りなさを感じました。だからこそ、今日言われているようなブティックホテルのスタイルをアメリカで始めることにしたのです。

ブティックホテルに正式な定義はありませんが、ブティックという言葉の意味にはデパートなどの大型店舗と比較してオーナーの趣味嗜好が色濃く反映された小さな衣料店のブティックからきていると言われています。

また、共通点としてはインテリアのデザインに重点を置いており、それらは当時の伝統的なホテルとは異なるデザインでした。ゲストとスタッフのコミュニケーションも一般的な大手ホテルチェーンよりも親しみがあり、接客におけるスタンダードやマニュアルがあまりないことも特徴的です。

これらのような共通点はもちつつ、各ホテルが“とにかく美味しいレストランを併設する”や“人々の交流を促して地域住民と旅行者の両方が楽しめる空間をつくる”など「哲学」を持って運営しています。

日本におけるホテルの変遷

話を日本に戻しましょう。海外で始まったブティックホテルの潮流がどのように日本に入ってきたのかを説明する前に日本のホテル開発の変遷を整理したいと思います。

日本ではホテルを大きく3つの世代・種類に分けることができます。第一世代は1945年の終戦から1990年頃までで、国内需要を拡大するべく、宴会や料飲、会議、長期滞在の対応などホテルが様々な機能を有しました。

リゾートホテルの多機能さもこの時代に求められたサービスを反映してのことになります。結果的にサービスが同じようなものになり、全国のホテルで個性があまりないものになりました。

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第二世代はバブルが崩壊した1991年以降から2008年頃までで、景気が後退したことによって、法人需要と個人の消費が減少しました。既存のホテル運営方法では営業を続けることが難しくなったことから宿泊特化型のホテルチェーンが台頭してきました。

同時に、日本の地価は下落、都心部の再開発も行なわれたため、外資系のラグジュアリーチェーンの普及も一挙に進みました。料飲・宴会が収益の柱だった既存のビジネスモデルから、宿泊収益比率が高いビジネスモデルに変わっていきました。

現在は第一世代と第二世代が重なりあいながら、第三世代のホテルを模索している状態です。第三世代は宿泊特化からさらに変化が進み、料飲・宴会・宿泊以外の部分でも収益を得られるような事業を持つホテルだと言われています。

奇しくも、今回の新型コロナウィルス感染症(COVID-19)による騒動から宿泊だけに依存しないビジネスモデルが今まで以上に求められるようになりました。我々も日々、新たな取り組みを模索している最中です。

なぜ「哲学」のあるホテルが広がったのか

アメリカでブティックホテルが広がり始めた時、既存のホテルスタイルから変革を起こしたのはホテル業界ではない異業種による人間です。

冒頭に説明したビル・キンプトンは投資銀行家でしたし、ブティックホテルの名付け親とも言われている、イアン・シュレーガーは弁護士として活躍した後にナイトクラブの経営に携わった人物です。

他にもレストラン経営者や理髪店・音楽レーベル運営者など、ホテルとは違う領域にいた人たちが、それぞれ別々のバックボーンを持ちながら自身の理想とするホテルを生み出してきました。

日本においても従来の不動産・電鉄系に加えて異業種のプレーヤーが増えています。2018年にオープンした日本のブティックホテル『TRUNK HOTEL』はテイクアンドギブニーズというウェディング事業をしている会社で、『京の温所』はワコールが手掛けています。

このように観光市場が拡大することで異業種のプレーヤーが各自の「哲学」を携えて参入し、均一化された様式を打ち崩す。その価値観に共感した人がホテルを選ぶことから新たな広がりをみせているのだと思います。

ホテルスタッフがおすすめする「哲学」のあるホテル

それでは、ここからはホテルスタッフの私が気になっているホテルの紹介をしたいと思います。それぞれのホテルに特徴があり、単に”泊まる”だけでない付加価値を感じられる宿泊施設を選びました。

1. ワイナリーで過ごせるオーベルジュ、TRAVIGNE(トラヴィーニュ)

新潟県にあるオーベルジュ『TRAVIGNE』はもともと『カーブドッチワイナリー』として営業していました。ワインショップや自家製ハムとソーセージのレストラン、自家製酵母で薪の石窯で焼き上げるベーカリー、天然温泉、サロン&スパなど少しずつ施設を増やしていましたが、2019年11月に宿泊施設をオープンしました。

客室数は10室でどの部屋からも葡萄畑が見渡せます。初めてこの施設の写真を見た時は内装含めてヨーロッパのどこかにあるホテルと思ったほどです。オーベルジュの魅力は食事を心ゆくまで楽しんだあと、すぐ客室に戻って寛げることです。

自然の中で、美味しい料理とワイン。最高の休日だ……(実は私はお酒が全く飲めないので、葡萄ジュースを堪能したいと思います)。


2. 湖畔にある究極の音響空間と自然。湖畔遊(こはんゆう)

高知県にある『湖畔遊』という宿泊施設を知ったのはそこで働くマネージャーの方と大阪のとあるホテルで偶然お会いしたことからです。大自然の中、湖畔で湖をゆったり眺めて温泉に入ることができるだけも十分に素敵なのですが、ここの魅力は”音楽”にあります。

湖畔遊のオーナーの方はオーディオに造詣が深く日本でも指折りのオーディオ機器コレクターとのこと。『音楽の部屋』という部屋があり、そこでCDを流すと実際にアーティトが目の前に現れるかのごとく臨場感のある音楽を味わえるとマネージャーの方は仰っていました。

好きなアーティストが目の前で自分一人のためにライブをしてくれる…そんな夢のような時間を叶えてくれる宿泊体験を必ずしてみたいものです。


3. 国内最新のブティックホテル K5(ケーファイブ)

「都市における自然との共存」をテーマに、2020年2月東京にオープンしたK5はホテル業界でも大きな話題になりました。まだまだブティックホテルという言葉自体浸透していな国内で「ようやく世界基準のホテルが現れたか!」と業界のみなさんも思ったのではないでしょうか。

上質で独自性のある小規模ラグジュアリーホテルの世界的なネットワーク「Design Hotels」に加盟されています。この「Design Hotels」は加盟していること自体が素晴らしく、2020年4月現在で国内の加盟ホテルは8件のみ。

建物は日本初の銀行として1923年に建てられた地上4階、地下1階の5フロアからなる石造りのビルを、スウェーデン・ストックホルムを拠点に活躍する建築家パートナーシップ「CLAESSON KOIVISTO RUNE」が建築・空間デザインを監修。

全20室ある客室空間は歴史的な建造物が醸し出す重厚感と植物の緑、上質なインテリアが合わさったものとなっています。

まとめ

2020年は旅行・宿泊業界にとっては苦難の年となりますが、日本のホテル開発の変遷を見ていただいた通り、大きな転換期のあとに新たな価値をまとったホテルが現れてくることも事実です。

国内においてブティックホテルはまだまだ黎明期なので、ゲストの方に楽しんでいただける宿泊体験を我々ホテルスタッフも提供したいと思っています。

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-Profile-
田中幹人
京都にあるHOTEL SHE, KYOTO(L&G GLOBAL BUSINESS)にてホテルスタッフとして勤務。耐久消費財専門の広告制作会社でプランナー、建設現場で使用する足場などの仮設材メーカーでマーケティングを従事したのち、「衣食住」により近いサービスに携わりたいと考え現職に就く。好きなものは国内外のブティックホテルとHIPHOPミュージック。
twitter:@mikito_tanaka

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