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バレンタインの思い出

その日の朝、登校中の私の手は寒さに加え、緊張でいつも以上に震えていた。
誰よりも早く学校に着かなきゃ、せっかくの計画が全て水の泡になってしまう。

誰もいない校門をくぐり抜けると、先生の靴箱目がけて全力疾走した。玄関口を開けると2月の冷たい風が吹き抜けて、落ち葉がくるくると足元で舞っている。
「よかった……」
誰にも見られていないことを確認すると、昨日用意したものを先生の靴箱に押し込んですぐさま逃げた。

その日の昼休み明けの授業は、時間割の振替で国語だった。教室のカーテン越しに差す日の光が、クラス中に睡魔を漂わせる。
一人、また一人と夢の世界へ誘われては脱落者が増える教室。そんな中、今になって朝の思い切った行動に恥ずかしさを覚えた私は、一人胸の鼓動を抑えるのに必死だった。

放課後、いつもなら先生の所に質問に行くけれど、その日は部室に直行した。
きっと今頃、先生は他の女子達に囲まれている。仕方ない、だって今日はそういう日だから……。
クラスで陰キャに分類される私は、こういう日に他の女子達みたいに振る舞える勇気をどうしても持てなかった。

部活動が終わって片付けを始めていると、見廻りの先生達が早く帰るように促しに来た。
いつも通り、はーいと皆で適当に返事をする。
帰る準備をしていると、聞き慣れた声が私の名前を呼んでいる気がした。まさかと思いながら部室を出ると、そこには先生が立っていた。今日はもう会うことはないと思っていたから、予想外の事態にまた心臓がうるさく鳴る。

「これ、お前だろ。せめて名前くらい書けよな」
先生のポケットから出てきたのは、朝私が靴箱に入れたお菓子だった。そういえば、メモは入れたけど名前を書くのを忘れていた。でも……。

「どうして私だとわかったんですか?」
「うちの学年で、一番よく見てる字だから……そういえば、今日は質問来なかったんだな」
「だって今日は……」
言いかけて、他の女子達に嫉妬している自分が惨めに思えてきてやめた。
「まあいいや。でも、ありがとな」
それだけ言い残すと、早く帰れよと後ろ手に手を振りながら先生は見廻りに戻って行った。

2月の冷たい風が頬に当たる。そんな寒さとは裏腹に、私の身体は顔から火から出るくらい熱を帯びていた。



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